家族
 自転車で走り去っていく梨佳を春夫は見送っていた。
 曲がり角を曲がる前に、梨佳が振り返って軽く頭を下げた。春夫は手を振って見せた。久しぶりに晴れた気分だった。
 大笑いした後、二人の会話は弾んだ。貞夫のこと、お互いの話、この近所の昔の話や今とちがうところ・・・一度話が弾みだすと今度はさっきまでの沈黙が嘘のように二人の会話が途切れることはなかった。
 梨佳の姿が見えなくなると春夫は少し寂しい気持ちになった。以前はこんなに楽しい時間もたくさんあったのにな、と思った。すべては五年前のあの日を境に崩れたのだ。
 そういえば最後に梨佳にあったのはあの時だったな、と春夫は思い出した。
 気が付くと春夫は自分の家が見えるところまで来ていた。春夫は立ち止まり小さく溜め息をついた。そして家に向けて再び歩き出したが、その足取りは重くあと少しの距離なのに春夫にはあまりにも遠く感じられた。
 隣の家の前を通りかかる時、春夫はその家の二階の部屋を見た。
 その部屋にはカーテンがしてあったが、中から明かりが漏れていた。どうやらその部屋の主はもう帰宅しているようだ。その部屋は雪江という名の女性の部屋だった。隣一家とは交流も深く、春夫も雪江とはよく遊んだものだった。雪江は春夫より5つ年上で、実は春夫は昔から雪江に憧れにも似た恋心を抱いていた。
 帰りに雪江の部屋の明かりをなんとなく見てしまうのは、もう日課のようなもので、ほとんど条件反射になってしまっていた。別にそんな事をしても虚しくなるだけなのだが、それでも彼女の部屋の明かりが点いていると春夫は安心感を覚えた。

「ごめんなさい、春夫君のことは弟としか見れないから・・・」

 ふいに春夫の頭の中に雪江の言葉が蘇った。
 春夫は強く頭を振りその場を足早に離れ、自分の家の門をくぐった。


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