家族
心の傷が完全に癒えることがないことは、春夫自身判っていた。
大切な人の死で受けた心の傷は、決して癒えることはない。人の死を乗り越えるというのは、その人の死を忘れることである。時間が経つにつれ、人の死は次第に薄れていく。これは故人を忘れることではなく、その死自体が薄れていくのである。それは、残された人間が生きていくために、必要不可欠なのだ。だが、春夫自身、それを許していない。春夫が今もまだ毎日茜の位牌に手を合わせているのは、この薄れていく茜の死を、少しでも過去のものにしないためであった。茜の死を忘れてしまえば、この家族はもう二度と元の明るい家族に戻れない気がしたのだ。
では、貞夫もそうなのだろうか?貞夫が毎日仏壇に手を併せているのかは分からない。たまたま昨日の夜だけ、気紛れでそうしたのかも知れない。しかし、気紛れであろうが、何だろうが貞夫が茜の位牌に手を併せていた事が、春夫には嬉しかった。位牌に手を併せている貞夫のその後姿は、まさに昔の優しかった頃の貞夫そのものだったからだ。
春夫の頭の中に、明るかった頃の家族の笑い声が響いた。
大切な人の死で受けた心の傷は、決して癒えることはない。人の死を乗り越えるというのは、その人の死を忘れることである。時間が経つにつれ、人の死は次第に薄れていく。これは故人を忘れることではなく、その死自体が薄れていくのである。それは、残された人間が生きていくために、必要不可欠なのだ。だが、春夫自身、それを許していない。春夫が今もまだ毎日茜の位牌に手を合わせているのは、この薄れていく茜の死を、少しでも過去のものにしないためであった。茜の死を忘れてしまえば、この家族はもう二度と元の明るい家族に戻れない気がしたのだ。
では、貞夫もそうなのだろうか?貞夫が毎日仏壇に手を併せているのかは分からない。たまたま昨日の夜だけ、気紛れでそうしたのかも知れない。しかし、気紛れであろうが、何だろうが貞夫が茜の位牌に手を併せていた事が、春夫には嬉しかった。位牌に手を併せている貞夫のその後姿は、まさに昔の優しかった頃の貞夫そのものだったからだ。
春夫の頭の中に、明るかった頃の家族の笑い声が響いた。