かえるのおじさま
ぐしゃぐしゃと髪をかき回されながら、美也子は心にぼんやりと浮かぶ記憶に囚われていた。

……お父さんの手だ。

遠い思い出の中にしか存在しない温もり。
今でもほんのりと覚えているのは、それが何よりも大好きなぬくもりだったから……

だが、彼が父親で無いことなど良く心得ている。

不埒な蜜事の続きのように、彼の手は艶髪をなでおろし、後頭部を支える。
低い声が強請った。

「で、な? い、行ってらっしゃいの、ちゅう、とか……」

ああ、この夫は、どうしてこうも甘ったれなのだろう。

美也子はすばやく見回し、辺りを確認する。

幸いにも食事の済んだものは支度のために席を立ち、子供たちはデザートに出された果物の奪い合いに忙しい。
何人か、顔を横に向けているものは気を使っているのだろう。

「美也子?」

大きな目玉がきょろりと美也子を誘う。

「特別……だからね」

美也子はすばやく顔を寄せ、横に大きな彼の唇の真ん中に、小さなリップ音を降らせた。
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