かえるのおじさま
翌日は祭りの中日であったにもかかわらず、美也子の上がりは早かったらしい。ギャロが屋台を終えて馬車に戻ると、明かりもつけずに一人きり、彼女は身を丸めて寝転んでいた。

「無用心だろう」

ギャロがランプに火を入れれば、美也子はもそりと起き上がる。

「……泣いていたのか?」

気の強い美也子は間違いなく否定するだろう。だが、痛々しく泣き腫らした目は隠しようも無い。

果たして、彼女が口にしたのはやはり否定の言葉だ。

「泣いてない」

「そうか」

それ以上を聞くことは憚られた。だからギャロは、無駄にランプの火を微調節などしながら次の言葉を待った。 

「ギャロ?」
 
美也子が懐からぐしゃぐしゃになった一握りの紙幣を取り出す。

「この前出してもらった洋服代、足りるかなぁ」

差し出された札に、ギャロが目を剥いた。

「足りるどころか……」

細い手首をぐいと掴み寄せ、ぽってりと重たい瞼の下を覗き込む。

「まさか、オガミに手を出したのか?」

少し厳しい声音に返された女の声は、絶叫。

「してない! そんなこと、してないっ!」

「じゃあ、この金は何だ」

「おひねり。いっぱいもらえたから、今日はもう上がっていいって、座長が」

そういうやり方は王都に呼ばれるような大きな一座ならいざしらず、こんな小さな旅芝居では聞いたことが無い。要するに危険なのだ。おひねりを渡そうとする者で舞台下が込み合えばけが人を出しかねない。

それに、不慣れな美也子がオガミに引っかからないようにという配慮もあるはずだ。人気絶頂の者が自らを安売りして商品価値を落とす必要は無かろう。

「それにしても、おかしくないか」

ざっと見ただけでも相当な額だ。
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