かえるのおじさま
村の共同墓地の前に佇むギャロの鼻先に、大きな雨粒がひとつ、あたった。
空が閃き、ややあってごろごろと擦るような音が鳴る。

雨は近い。
彼は先ほどからここに佇んでいる。

「……母さん」

墓所に向かって呼びかけてみるが、それは無為な行為。

この世界では死者の魂と言う概念は無いのだから、死んだ者は永遠に失われる。

弔いも、墓も、全ては生者の慰みのためにある。
死者がこの世に残すもの、それは思い出だ。その思い出の指標として墓は建てられる。
生きる者はそこに詣で、花を手向けるとき、自分の中にある思い出と向き合うのだ。

だが、幼くして母と別れたギャロには、向きあうべき思い出が無い。
わずかにある思い出は、ろくでもない扱いを受けたことばかりだ。
それでも……

「もう一度、会いたかった……」

雨脚が急に強くなった。

空から落ちる大粒の雨は見る見るうちにギャロを濡らしてゆく。

強い光が空を覆った、と同時に雷音が響く。
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