あの日まではただの可愛い女《ひと》。
とりあえず、一番気になることは思考から除外して、今は優先順位の高い業務に集中する。そう決めて桜は必死に業務を進めた。
はたから見ると何も平時と変わってはいないが、本人はもう必死である。
――考えたくない。考えたらおかしくなってしまう。
隆《りゅう》やアキ、同じ部署の人間達を心配させないためには、この件は自分の思考に絶対にのせないに限る。彼らが帰るか、桜がある程度の業務を終えて会社を出るかまでは絶対考えてはならない。結局、10時過ぎに業務のめどをつけ、桜は会社を出て、家路についた。
最寄り駅について、どうやっても家にそのまま帰る気にならなかった。
素面で家に帰ったら、絶対に何か破綻する。
強いアルコールの力が必要だと思い、一人で入れそうな店を頭の中で検索する。
なんとなく選んだのは、葵に呼び出された時に、待ち合わせ場所だと思ったバーであった。
「桜さん?」
ふと、気がつくと目の前に葵がいた。
―― 一人で呑んでたはずなのに、なんで? ってか、ここ葵んちじゃん。
桜はきょとんと周りを見落とした。そんな様子を、葵がふっと微笑んで見て、水を差し出す。
「大分ぶっ飛んでましたね。おなか減ってたんじゃないですか?」
「あー。ごはん…食べ忘れてた」
よく考えれば、忙しくて昼ごはんもろくに食べていないことに気がつく。コーヒーショップに行くという同僚にコーヒーとスコーンを買ってきてもらったくらいだ。あとは一緒に買った坂野のフラペチーノを横取りして飲んだくらい? そのあと隆に呼び出されてからは、きれいさっぱり食欲がなくなっていた。
「それでスコッチほぼ一瓶近い量呑んだんですか?」
「そ、そんなに呑んだっけ? 覚えてない…」
葵から話を聞くと、酔って携帯に電話をしたらしい。そして家で珍しく早く帰って、まったりしていた葵が駆けつけたときに見たものは、盃を重ね、結構な酒量を呑んでいるが、静かに佇む桜の姿であった。
周りの人間はえらい酒の強い女だなーと思っている程度のようであるが、この3年間何度か酒を呑んだことのある葵からすると、完全に目が据わっていたらしい。
「うっ。ごめん。ほんとーにごめんなさい」
恥ずかしくて顔が上げられないまま、頭を下げてふらりと立ち上がった。
「桜さん…、どこ行くんです?」
「家に帰ろうと」
「そんなにふらふらしてるのに?」
「う、うん。明日、謝るから、ごめん、今日は帰らせて」
結構しっかり話もできるし、歩けるし…そう言いつのろうとして葵に腕を掴まれた。
「帰すわけないでしょ」
「え?」
「俺が行かなかったら、桜さんどうなってたと思います?」
「……」
「あんな状態で。下手すると、知らない男に何されてもおかしくないっすよ」
「い、今までそんなことなかったもん」
「だから――、これからもそんな可能性はないと?」
「やっ。だって、私なんか賞味期限切れだしっ」
「意味がわからない。大体、ほんのつい最近、俺に喰われたの忘れたんですか?」
「――!!」
いやアレは、自分がどっちかというと持ち帰ったはずだろうと、そう連ねようとすると葵に抱きしめられて、乱暴に胸を掴まれる。
「やっ!」
首筋を強く舐められて、ヒクリとする。逃げ出そうとしても逃げ出せない。気持ちいいとかは全くなくて、鳥肌が立つ思いしか感じない。
「葵っ。あ、おい…。や、だぁ」
ヒックと喉の奥が鳴った。
その様子を見て、少し葵が体を離した。
「ね? 俺はこうやって簡単に桜さんを拘束できる力があるんだから。しかも今回で、俺に持ち帰られるの3回目なんだけど」
「うっく…」
「桜さん、気を緩めなちゃだめっすよ。ブレーキがかかる男ばっかじゃない。それどころか、隙あらばって男もいっぱいいるんすよ?」
「う…。ご、ごめんなさい」
「やなことあって、憂さ晴らししたいなら、俺に電話くださいよ。一人で呑んだり、泣いたりしないで」
コクコクとうなずいた桜に、薄く微笑んで葵はパジャマを渡した。
「顔、泣いちゃったからひどいことになってますよ。シャワー浴びてスッキリしたらどうです? その間に簡単なスープとかなら用意できるから、なんか腹に入れましょう」
体を洗って少しスッキリした桜に葵は野菜をみじん切りにして煮たチキンベースのスープを勧めた。少しお腹がくちくなって幸せな気持ちになって、リビングのソファーの背に顔を押し付けるようにして身を沈めた。葵はソファの端に座ってその様子をうれしそうに見ている。
――私って意外と単純。お腹いっぱいになるだけで、気分が少し楽になるなんて。
「眠いなら、もう寝ちゃってください」
「え? 葵は?」
「俺はこっちにいますから安心して寝てください」
「いやでも…」
はたから見ると何も平時と変わってはいないが、本人はもう必死である。
――考えたくない。考えたらおかしくなってしまう。
隆《りゅう》やアキ、同じ部署の人間達を心配させないためには、この件は自分の思考に絶対にのせないに限る。彼らが帰るか、桜がある程度の業務を終えて会社を出るかまでは絶対考えてはならない。結局、10時過ぎに業務のめどをつけ、桜は会社を出て、家路についた。
最寄り駅について、どうやっても家にそのまま帰る気にならなかった。
素面で家に帰ったら、絶対に何か破綻する。
強いアルコールの力が必要だと思い、一人で入れそうな店を頭の中で検索する。
なんとなく選んだのは、葵に呼び出された時に、待ち合わせ場所だと思ったバーであった。
「桜さん?」
ふと、気がつくと目の前に葵がいた。
―― 一人で呑んでたはずなのに、なんで? ってか、ここ葵んちじゃん。
桜はきょとんと周りを見落とした。そんな様子を、葵がふっと微笑んで見て、水を差し出す。
「大分ぶっ飛んでましたね。おなか減ってたんじゃないですか?」
「あー。ごはん…食べ忘れてた」
よく考えれば、忙しくて昼ごはんもろくに食べていないことに気がつく。コーヒーショップに行くという同僚にコーヒーとスコーンを買ってきてもらったくらいだ。あとは一緒に買った坂野のフラペチーノを横取りして飲んだくらい? そのあと隆に呼び出されてからは、きれいさっぱり食欲がなくなっていた。
「それでスコッチほぼ一瓶近い量呑んだんですか?」
「そ、そんなに呑んだっけ? 覚えてない…」
葵から話を聞くと、酔って携帯に電話をしたらしい。そして家で珍しく早く帰って、まったりしていた葵が駆けつけたときに見たものは、盃を重ね、結構な酒量を呑んでいるが、静かに佇む桜の姿であった。
周りの人間はえらい酒の強い女だなーと思っている程度のようであるが、この3年間何度か酒を呑んだことのある葵からすると、完全に目が据わっていたらしい。
「うっ。ごめん。ほんとーにごめんなさい」
恥ずかしくて顔が上げられないまま、頭を下げてふらりと立ち上がった。
「桜さん…、どこ行くんです?」
「家に帰ろうと」
「そんなにふらふらしてるのに?」
「う、うん。明日、謝るから、ごめん、今日は帰らせて」
結構しっかり話もできるし、歩けるし…そう言いつのろうとして葵に腕を掴まれた。
「帰すわけないでしょ」
「え?」
「俺が行かなかったら、桜さんどうなってたと思います?」
「……」
「あんな状態で。下手すると、知らない男に何されてもおかしくないっすよ」
「い、今までそんなことなかったもん」
「だから――、これからもそんな可能性はないと?」
「やっ。だって、私なんか賞味期限切れだしっ」
「意味がわからない。大体、ほんのつい最近、俺に喰われたの忘れたんですか?」
「――!!」
いやアレは、自分がどっちかというと持ち帰ったはずだろうと、そう連ねようとすると葵に抱きしめられて、乱暴に胸を掴まれる。
「やっ!」
首筋を強く舐められて、ヒクリとする。逃げ出そうとしても逃げ出せない。気持ちいいとかは全くなくて、鳥肌が立つ思いしか感じない。
「葵っ。あ、おい…。や、だぁ」
ヒックと喉の奥が鳴った。
その様子を見て、少し葵が体を離した。
「ね? 俺はこうやって簡単に桜さんを拘束できる力があるんだから。しかも今回で、俺に持ち帰られるの3回目なんだけど」
「うっく…」
「桜さん、気を緩めなちゃだめっすよ。ブレーキがかかる男ばっかじゃない。それどころか、隙あらばって男もいっぱいいるんすよ?」
「う…。ご、ごめんなさい」
「やなことあって、憂さ晴らししたいなら、俺に電話くださいよ。一人で呑んだり、泣いたりしないで」
コクコクとうなずいた桜に、薄く微笑んで葵はパジャマを渡した。
「顔、泣いちゃったからひどいことになってますよ。シャワー浴びてスッキリしたらどうです? その間に簡単なスープとかなら用意できるから、なんか腹に入れましょう」
体を洗って少しスッキリした桜に葵は野菜をみじん切りにして煮たチキンベースのスープを勧めた。少しお腹がくちくなって幸せな気持ちになって、リビングのソファーの背に顔を押し付けるようにして身を沈めた。葵はソファの端に座ってその様子をうれしそうに見ている。
――私って意外と単純。お腹いっぱいになるだけで、気分が少し楽になるなんて。
「眠いなら、もう寝ちゃってください」
「え? 葵は?」
「俺はこっちにいますから安心して寝てください」
「いやでも…」