あの日まではただの可愛い女《ひと》。
『うん、好き』
その言葉だけで、うれしさで煮えるかと思った反面、自分のパーツに対しての言葉なのはあきらかで、己の肉体に嫉妬するという矛盾を葵は感じた。
やっと桜を抱くことが出来て、本当は満たされてくれてもいいのに、まったく満たされない。抱いたことで、渇きをより一層自覚してしまったとも言える。
いまもこの腕の中で眠る桜に思い知らせることが出来るなら、どこまでも貪ってやるのに…と、凶悪な感情がせり上がりそうになる。
なんとか、5年前のトラウマの片鱗を聞き出して、会社でつらい目にあって、無理やり休暇を押し付けられたことを知った。仕事人間の桜からすると、これは相当な罰ゲーム級だろう。
そのトラウマはまだ解消されておらず、記憶がぶっ飛ぶほど一人で酒を呑まずにはおれない桜を見て胸がキリキリとした。なぜこの人は、誰かを頼りにしない? 泣き言を言ったりしないんだ、と。バーに呼び出されて、連れ帰ってみるも、まったくしばらく何の反応もしないことに恐怖を覚えた。全ていったん自分の中に飲み込んでしまう、そんな桜が危うく痛々しい。
なのに仕事のために役立つかもと思ってオンラインゲームに手を出したのか、と問いかけた時に、胸を張って『そうよ』と答える桜を見て、どこまで仕事人間なんだ、この人? とか思った。どこか実にすがすがしいほどの強さが桜にはある。
桜を自分の元に堕とすとすれば、仕事を取り上げるとかはまず却下だ。仕事人間の桜にとっては、仕事がなければ、回遊魚のように、どうやって生きていいかも、わからなくなってしまうだろう。あと、破壊された恋愛中枢を復活させなきゃいけないのか…ということに少しため息も漏れる。きっと明日、目が覚めたら桜はいろいろな言い訳を思いつくのだろう。
パーツと筋肉の誘惑に負けたとかなんとか、男の本気をどこまでも読み取らない桜らしい言い訳を…。
そんな彼女に『好き』だの、『付き合おう』だの言っても逃げるだけだ。そう考えると葵は珍しく大きなため息を落した。
――ま、たとえそうでも、そんなことは関係ないのには変わりがないケド。
堕《お》として、腕の中に囲い込む。それは葵の中では決定事項でしかないからだ。 少し汗をかいて、しっとりしている桜の髪の毛を梳きながら、そう一人ごちる。
――しかし、デュエルドラゴンオンライン…か。
サービス自体がなくなって3年。すでにその記憶自体、葵には遠い。
仲間内の会話でもDDOに触れることが、もうすでになかった。確かにオフ会で集まっているのはDDOで知り合った面子だが、はっきり言って今はただ気の合う仲間たちでしかない。
newbieというタグを貼られたサクラというキャラクターのことを葵は思い出した。
たった一年ほどの活動だったが鮮やかな戦闘の技にびっくりした覚えがある。
勘所もよくてあっという間に頼りになる仲間となった。
身を投げ出すような大胆な闘い方に、何度も『ネカマ』疑惑が起こったことは本人は知らないであろう。
――知ったら怒るかなぁー。でも大喜びするかもね、この人の場合。
だが、ある日突然、DDOにログインしなくなった。
葵自身も仕事が忙しくて、それほどその頃はプレイしていなかったが、桜のそれは突然すぎた。
――しかも。『あー。うん…。ちょっと忙しくなっちゃって』だぁ?
この人、嘘と隠し事苦手だからすぐわかんだよなぁ…。
桜が自分のことをごまかそうとするとき、『あー。うん…』が必ずといっていいほど枕詞としてつくと言っていい。忙しくなったことは本当かもしれないが、何かきっとそれ以外にある。5年前の男とDDO引退、桜に影を落したのは、この二つ何じゃないかと葵は思った。
簡単に探れるとしたらDDOの方だろう。
――でも、探るとなると、あの人たち、うるさそうだなぁ。
桜のことが大好きな仲間達の顔が浮かぶ。大好きなんて可愛いもんでなく、大好きすぎるのだ。異常な好き具合を考えると、多分引退の真相を知っているのであろう。特に、桜にものすごくなついてる七海あたりは。桜のことを聞くとすれば、桜の引退後も連絡を取り合っていた彼女に聞き出すのが一番だとは思うが。ただ、酔って桜を持ち帰ったこととか、ばれた暁にはどんな目にあうか…。葵は少し頭を抱えた。
――とりあえず、今は桜さんの体温を楽しもう。
そう思って、やわらかい体をさらに巻き込むように抱きしめて、まぶたを落とした。
その言葉だけで、うれしさで煮えるかと思った反面、自分のパーツに対しての言葉なのはあきらかで、己の肉体に嫉妬するという矛盾を葵は感じた。
やっと桜を抱くことが出来て、本当は満たされてくれてもいいのに、まったく満たされない。抱いたことで、渇きをより一層自覚してしまったとも言える。
いまもこの腕の中で眠る桜に思い知らせることが出来るなら、どこまでも貪ってやるのに…と、凶悪な感情がせり上がりそうになる。
なんとか、5年前のトラウマの片鱗を聞き出して、会社でつらい目にあって、無理やり休暇を押し付けられたことを知った。仕事人間の桜からすると、これは相当な罰ゲーム級だろう。
そのトラウマはまだ解消されておらず、記憶がぶっ飛ぶほど一人で酒を呑まずにはおれない桜を見て胸がキリキリとした。なぜこの人は、誰かを頼りにしない? 泣き言を言ったりしないんだ、と。バーに呼び出されて、連れ帰ってみるも、まったくしばらく何の反応もしないことに恐怖を覚えた。全ていったん自分の中に飲み込んでしまう、そんな桜が危うく痛々しい。
なのに仕事のために役立つかもと思ってオンラインゲームに手を出したのか、と問いかけた時に、胸を張って『そうよ』と答える桜を見て、どこまで仕事人間なんだ、この人? とか思った。どこか実にすがすがしいほどの強さが桜にはある。
桜を自分の元に堕とすとすれば、仕事を取り上げるとかはまず却下だ。仕事人間の桜にとっては、仕事がなければ、回遊魚のように、どうやって生きていいかも、わからなくなってしまうだろう。あと、破壊された恋愛中枢を復活させなきゃいけないのか…ということに少しため息も漏れる。きっと明日、目が覚めたら桜はいろいろな言い訳を思いつくのだろう。
パーツと筋肉の誘惑に負けたとかなんとか、男の本気をどこまでも読み取らない桜らしい言い訳を…。
そんな彼女に『好き』だの、『付き合おう』だの言っても逃げるだけだ。そう考えると葵は珍しく大きなため息を落した。
――ま、たとえそうでも、そんなことは関係ないのには変わりがないケド。
堕《お》として、腕の中に囲い込む。それは葵の中では決定事項でしかないからだ。 少し汗をかいて、しっとりしている桜の髪の毛を梳きながら、そう一人ごちる。
――しかし、デュエルドラゴンオンライン…か。
サービス自体がなくなって3年。すでにその記憶自体、葵には遠い。
仲間内の会話でもDDOに触れることが、もうすでになかった。確かにオフ会で集まっているのはDDOで知り合った面子だが、はっきり言って今はただ気の合う仲間たちでしかない。
newbieというタグを貼られたサクラというキャラクターのことを葵は思い出した。
たった一年ほどの活動だったが鮮やかな戦闘の技にびっくりした覚えがある。
勘所もよくてあっという間に頼りになる仲間となった。
身を投げ出すような大胆な闘い方に、何度も『ネカマ』疑惑が起こったことは本人は知らないであろう。
――知ったら怒るかなぁー。でも大喜びするかもね、この人の場合。
だが、ある日突然、DDOにログインしなくなった。
葵自身も仕事が忙しくて、それほどその頃はプレイしていなかったが、桜のそれは突然すぎた。
――しかも。『あー。うん…。ちょっと忙しくなっちゃって』だぁ?
この人、嘘と隠し事苦手だからすぐわかんだよなぁ…。
桜が自分のことをごまかそうとするとき、『あー。うん…』が必ずといっていいほど枕詞としてつくと言っていい。忙しくなったことは本当かもしれないが、何かきっとそれ以外にある。5年前の男とDDO引退、桜に影を落したのは、この二つ何じゃないかと葵は思った。
簡単に探れるとしたらDDOの方だろう。
――でも、探るとなると、あの人たち、うるさそうだなぁ。
桜のことが大好きな仲間達の顔が浮かぶ。大好きなんて可愛いもんでなく、大好きすぎるのだ。異常な好き具合を考えると、多分引退の真相を知っているのであろう。特に、桜にものすごくなついてる七海あたりは。桜のことを聞くとすれば、桜の引退後も連絡を取り合っていた彼女に聞き出すのが一番だとは思うが。ただ、酔って桜を持ち帰ったこととか、ばれた暁にはどんな目にあうか…。葵は少し頭を抱えた。
――とりあえず、今は桜さんの体温を楽しもう。
そう思って、やわらかい体をさらに巻き込むように抱きしめて、まぶたを落とした。