あの日まではただの可愛い女《ひと》。
風呂を使わせてもらった後、七海のスウェットを借りて、桜は少しだけ息をついた。
「で。桜さん、葵クンと付き合ってるってことなんですか?」
ほっとした瞬間に七海に爆弾を落とされて飛び上がった。もう、この話題は終了してたと思ってたのに全然終わってなかったことに冷や汗が出た。
「やっ。そんなわけないじゃない!」
私なんて私なんて…と口ごもるのを見て七海は『あーあ…』とか思ってしまう。
相変わらず自己評価が低いというか、なんだろこれ、とか思ってしまう。いやもう多分、あいつのせいもあんだよねと、桜の恋愛音痴を助長したであろうオンラインゲームのプレイヤーのことを思い起こした。七海は目の前に現れたらあの女、本気コロスっ!とかちょっと思っていた。
「葵クン、何にも言ってこないんですか?」
「う…。お互いのパーツ好きなんだから、好きなだけ甘えてなよって言われたけど」
「なんですって!?」
普段、桜に丁寧な口調で話しかける七海の乱暴な口調にまたもやビクリとなる。
七海はその様子に、むにゃむにゃと、何か言い訳っぽいものを言いつつ腰を下ろす。
「えと、桜さんは、それでいいんですか?」
「いいっていうか…いい加減やめないとって思ってる…よ? 葵も私がうろついてたら彼女とか作りにくいと思うし、なんていうか友達として線引きしないとって」
――いやいやいやいや。桜さん絶対間違ってますよ。
ッあーーーーっ! だからほっとけないのよ、この人!
七海は内心盛大なため息をついた。
あの男が、そんだけ何度もちょっかいかけといて、友達の線引きとか許すわけないじゃん。普段の温和な態度でだまされちゃいかん。結局中身は、オンラインゲームでは俺様キャラ全開のアオイなんだよ? キャラ作っているって言っても根っこは一緒。そんな全然違うわけじゃないですよ、桜さん!と声を大にしていいたい、と七海は思ってしまった。
どうせ、葵は桜の気持ちも心も手に入れるって決めてるんだろう。
この恋愛音痴の愛すべき女性を脅えさせず、自分の傍に縛り付けるためには、好きとか付き合ってくれとかそういういわゆる普通のアプローチはぶっちゃけ無意味だ。
どう対処していいかわからなくて、下手しなくてもケツまくって即効逃げてしまうだろう。だから葵は心を堕としてから、ゆっくりゆっくり齧って味わうつもりに違いない。
そういうのがわかってるからこその「パーツがお互い好きなんだから、甘えてなよ」だろう。
――なんかむかつく、やっぱり。
葵のことを考えるといらいらする。でも目の前の、この強くて弱くて可愛い女の人をどうにかしなくちゃ、とも思う。そうなるとやっぱり気に入らないけど、葵をぶつけるしかないのか…と、七海はいやな気分になった。いやな気分になるのは先ほど葵が話したことに嘘があるからだ。葵は平気で自分の目的のためなら、隠し事をしたり、嘘をついたり、そういうことをためらいなく、時として行う。そういうところが非情だし、桜のように中身が非常に柔らかい人間にとっては、取り扱うのはとても難しい人間でもある。
ただ、自分と葵が二人一緒にいたのをみたときのあの桜の表情や、そのあと脱兎のごとく逃げ出した様を見てると、どう考えても桜の気持ちに葵は入り込んでしまっている。
葵がここまで桜にとって、大事な人間になりつつあるなら、難しいとか自分の好みを言ったとしても意味がない。
「ね。桜さん、葵クンに引退したときの話ってしないんですか?」
桜は『え?』と思って七海を見つめた。
あの引退騒ぎはもう一つの軽いトラウマだ。恋愛ってそこまで免罪符が発行されるもんなのか?という、うんざりした記憶がよみがえる。
「なんていうか、あまり思い出したくないし…」
「葵クンが聞きたがっていても?」
なぜに彼がそれを聞きたがるのかが謎だ。
「や。つまんない話だし、聞きたがるとかないでしょ?」
「でも言えばすっきりすると思いませんか?」
言えばすっきりするんだろうか?と桜は悩んだ。でもそれって葵には特に意味もない、時間の無駄なような気がすると、思った。
「あまり気持ちのいい話じゃないじゃん。七海ちゃんは知ってる話だからわかるでしょ」
「まぁそうですけど、なんとなく、話してみたほうがいいんじゃないかなーって思うんですよね」
本当に素直になんで葵に話したほうがいいのかわからなかった。
もう、あの騒ぎはすでに終わったことだし、関係者はどうなったかわからない。目の前にぶら下がる志岐の件といい、なんだか過去に追いかけられているようで気分が悪い。だからできれば、振り返るのは最小限にしたい、と桜はどうしても思ってしまう。自分でも冷静じゃないことはわかっている。
「彼女、結局だんなさんと別れて、駆け落ちみたく家でたんですって」
「え?」
まさか、あのプレイヤーと?と思わず問いかけてしまった。
「いえ、あの時ゲーム上で付き合ってた人とは、あの後すぐに別れちゃったみたいですよ?」
いやまぁー。だんなさんすごい忙しくて相手にしてくれない、寂しいとか延々愚痴っていた人だったが。そこまで言うなら仕事見つけてみるとか、習い事してみたら? きっと新しい世界が開けるし、と親切心で言ったのも徒になったのかも…と、今なら冷静にわかることが、なぜに当時の私はわかんなかったんだ。ちょっと軽く自己嫌悪に陥る。
桜は盛大にため息をついた。
「なんてーか、わっかんない感覚なんだよね」
「で。桜さん、葵クンと付き合ってるってことなんですか?」
ほっとした瞬間に七海に爆弾を落とされて飛び上がった。もう、この話題は終了してたと思ってたのに全然終わってなかったことに冷や汗が出た。
「やっ。そんなわけないじゃない!」
私なんて私なんて…と口ごもるのを見て七海は『あーあ…』とか思ってしまう。
相変わらず自己評価が低いというか、なんだろこれ、とか思ってしまう。いやもう多分、あいつのせいもあんだよねと、桜の恋愛音痴を助長したであろうオンラインゲームのプレイヤーのことを思い起こした。七海は目の前に現れたらあの女、本気コロスっ!とかちょっと思っていた。
「葵クン、何にも言ってこないんですか?」
「う…。お互いのパーツ好きなんだから、好きなだけ甘えてなよって言われたけど」
「なんですって!?」
普段、桜に丁寧な口調で話しかける七海の乱暴な口調にまたもやビクリとなる。
七海はその様子に、むにゃむにゃと、何か言い訳っぽいものを言いつつ腰を下ろす。
「えと、桜さんは、それでいいんですか?」
「いいっていうか…いい加減やめないとって思ってる…よ? 葵も私がうろついてたら彼女とか作りにくいと思うし、なんていうか友達として線引きしないとって」
――いやいやいやいや。桜さん絶対間違ってますよ。
ッあーーーーっ! だからほっとけないのよ、この人!
七海は内心盛大なため息をついた。
あの男が、そんだけ何度もちょっかいかけといて、友達の線引きとか許すわけないじゃん。普段の温和な態度でだまされちゃいかん。結局中身は、オンラインゲームでは俺様キャラ全開のアオイなんだよ? キャラ作っているって言っても根っこは一緒。そんな全然違うわけじゃないですよ、桜さん!と声を大にしていいたい、と七海は思ってしまった。
どうせ、葵は桜の気持ちも心も手に入れるって決めてるんだろう。
この恋愛音痴の愛すべき女性を脅えさせず、自分の傍に縛り付けるためには、好きとか付き合ってくれとかそういういわゆる普通のアプローチはぶっちゃけ無意味だ。
どう対処していいかわからなくて、下手しなくてもケツまくって即効逃げてしまうだろう。だから葵は心を堕としてから、ゆっくりゆっくり齧って味わうつもりに違いない。
そういうのがわかってるからこその「パーツがお互い好きなんだから、甘えてなよ」だろう。
――なんかむかつく、やっぱり。
葵のことを考えるといらいらする。でも目の前の、この強くて弱くて可愛い女の人をどうにかしなくちゃ、とも思う。そうなるとやっぱり気に入らないけど、葵をぶつけるしかないのか…と、七海はいやな気分になった。いやな気分になるのは先ほど葵が話したことに嘘があるからだ。葵は平気で自分の目的のためなら、隠し事をしたり、嘘をついたり、そういうことをためらいなく、時として行う。そういうところが非情だし、桜のように中身が非常に柔らかい人間にとっては、取り扱うのはとても難しい人間でもある。
ただ、自分と葵が二人一緒にいたのをみたときのあの桜の表情や、そのあと脱兎のごとく逃げ出した様を見てると、どう考えても桜の気持ちに葵は入り込んでしまっている。
葵がここまで桜にとって、大事な人間になりつつあるなら、難しいとか自分の好みを言ったとしても意味がない。
「ね。桜さん、葵クンに引退したときの話ってしないんですか?」
桜は『え?』と思って七海を見つめた。
あの引退騒ぎはもう一つの軽いトラウマだ。恋愛ってそこまで免罪符が発行されるもんなのか?という、うんざりした記憶がよみがえる。
「なんていうか、あまり思い出したくないし…」
「葵クンが聞きたがっていても?」
なぜに彼がそれを聞きたがるのかが謎だ。
「や。つまんない話だし、聞きたがるとかないでしょ?」
「でも言えばすっきりすると思いませんか?」
言えばすっきりするんだろうか?と桜は悩んだ。でもそれって葵には特に意味もない、時間の無駄なような気がすると、思った。
「あまり気持ちのいい話じゃないじゃん。七海ちゃんは知ってる話だからわかるでしょ」
「まぁそうですけど、なんとなく、話してみたほうがいいんじゃないかなーって思うんですよね」
本当に素直になんで葵に話したほうがいいのかわからなかった。
もう、あの騒ぎはすでに終わったことだし、関係者はどうなったかわからない。目の前にぶら下がる志岐の件といい、なんだか過去に追いかけられているようで気分が悪い。だからできれば、振り返るのは最小限にしたい、と桜はどうしても思ってしまう。自分でも冷静じゃないことはわかっている。
「彼女、結局だんなさんと別れて、駆け落ちみたく家でたんですって」
「え?」
まさか、あのプレイヤーと?と思わず問いかけてしまった。
「いえ、あの時ゲーム上で付き合ってた人とは、あの後すぐに別れちゃったみたいですよ?」
いやまぁー。だんなさんすごい忙しくて相手にしてくれない、寂しいとか延々愚痴っていた人だったが。そこまで言うなら仕事見つけてみるとか、習い事してみたら? きっと新しい世界が開けるし、と親切心で言ったのも徒になったのかも…と、今なら冷静にわかることが、なぜに当時の私はわかんなかったんだ。ちょっと軽く自己嫌悪に陥る。
桜は盛大にため息をついた。
「なんてーか、わっかんない感覚なんだよね」