あの日まではただの可愛い女《ひと》。
 あの時も、七海に愚痴ったが、ゲーム上である男性プレイヤーに声をかけられたことがとんだ羽目に陥った。彼に片思いしてた相手が、桜に粘着して、そのとき七海たちと遊んでいたチームの男たちにいろいろ貢がせ女王のように振舞っているイタイ子とか噂を立てられた。毎日毎日知らない男性プレイヤーから、『XXXXXX(レアアイテム名)あげたら、リアルで会ってヤラせてくれるってホント?』とか言われたときの衝撃ときたら…。
 チャット機能を使って変な画像もいっぱい送られ、あの時は泣くというか、ぶっちゃけ男性経験の乏しい桜からするとそんな可愛いものではなく、ゲロ吐きそうくらいな気持ちでいっぱいだった。本当の本当に気持ち悪かった。街を歩く見知らぬ男全員が気持ち悪くて気持ち悪くてどうしようかと思ったほどだ。

 ――肉体のパーツは好きだが、いやあんなアソコだけの画像とかさぁ…。

 仕事で何を言われても戦えるが、それ以外では戦い方ひとつ知らない自分の無力さに泣けた瞬間だった。

 一応、七海はじめ、そのときのチームのプレイヤーたちの協力を得て、うわさの元をたどって広めているプレイヤーを探し出したら件の彼女であった。ギルドチームのメンバーではなかったが、よく遊んだり、話したりするメンバーという、意外に近しい人間の仕業に桜は驚きのあまり言葉を失ってしまった。結果、彼女に結局言われたのは『あんたなんか仕事もあって、東京住んでて汚い』とか、『女使ってんでしょ。そんな簡単に戦闘なんか強くなるわけないじゃん』とか『恋だから、しょうがないじゃない。気持ちをとめることなんか誰にも出来ないわ』とかとかとかっ……であった。もうその段階になると、唖然として何も画面上に打ち込めないというか、別チャットで七海に、彼女が何言ってるかが理解できないんだけどーという泣きを入れるのが精一杯であった。

 思い出すだけで、気が遠い。言いがかり以外の何物でもないですよね~~と思うが、そんなことが相手に通じるわけもない。
 しかも突き止めるまでは『サクラちゃんって、強くてかっこよくて憧れの人!』とかさー、言ってたよねぇ~ってことを思い出してより一層遠いところに視線がいく。
 いい子だと思ってたのに。自分にはない可愛さを持った女性だなと思って、好きな人がいてその人のことばかり考えてられるって、少しいいな、うらやましいなって思ってたのに…。
 桜にとって恋愛経験というもの自体が皆無だったから、より一層可愛くて仕方がないと思っていた。

 だからこそ、全容がわかったときに、大体ゲーム上で付き合うとかって何? 本気で誰か教えてくれ、どういう意味合いなのかと。ショージキ、単に、仕事制限されていて、手慰みに遊んでいたゲームで一体なんでそんな目にあわなきゃいけないのさ、という気持ちでいっぱいになった。
 誰に責任取れとも言えず、相手側の主張や気持ちも理解できなかった。だから、晴れて仕事が忙しくなったときに簡単に引退を決めたし、毎日濃い時間を送ったメンバーなのに、助けてもらったメンバーなのに、七海にのみ連絡先を教えてそのまま去った。特に、男のプレイヤーたちには絶対連絡先を教えなかった。いい人だとわかっていても、だ。理性ではわかっていたが、どうにもならないし、動けなかった。もうそれだけいろいろ怖い思いをした。
 助けてくれた男性メンバー達にその後、オフ会で会ったときに、真っ先に謝ったが、全員、理解してくれたくらいの当時は脅えようだった。逆に、オフ会来てくれてありがとう。心配だったから会えてうれしいとまで言われて、本当に頭が下がった。

 今の仲間たちに会おうって思ったのは、1年たっていたということと、七海のおかげだと思う。まめにメールをくれて、そのうち会うようになって、女性メンバーだけのオフ会を何度か重ねて、ネット上の人間に会う勇気が、会ってみたいと思うようになった。またちょうどサービスが終了した直後で、最終日に久々にゲームの世界に触れて、ちょっと懐かしくなったせいもある。だからやっと、再会して、出会いなおそうという風に思えたんだと思った。

「でもそういうこと、葵に言ってもなぁ…」
「でも、恋愛に億劫なのって、あの経験からですよね?」

 うーーん。と、桜は腕を組んで考えてしまった。まぁたしかにそれもあるけど、絶対的に横たわるのは志岐のことだ。

「それに、話しても…」

 ――嫌われたらどうしよう? それに汚いと思われるのが怖い。

 黙り込んで答えを出せない、桜に七海は、これ以上は突っ込んでも無駄だと七海も思ったんだろう。取りとめもないバカ話を二人して、少し気持ちが明るくなってから、眠った。
 早めに起きていったん家に戻って着替えようと思っていた桜に七海が言った。

「家バレしてるんですから、葵クン、待ち伏せしてる可能性ありますよ」

 そこまで、葵を避けようとは思っていなかったが、確かに今は色々整理がついていない。

「うーん。とすると半休使うかなぁ~」

 桜はとりあえず、出社時間を遅らす算段を立てようとしたときに、サンプルで恐縮なんですが…と言って、七海が勤めるアパレルのキャリア女性ターゲットにしている服を出してくれた。
 ありがたく拝借して、翌日は定刻どおり、出社した。
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