あの日まではただの可愛い女《ひと》。
――顔が重い。
そう思って桜は瞳を開けようとするがなんとなく目の前が重たくて、瞳が開けられなかった。手を顔に持ってくると、何かがのっていたので引っつかんで何かを確認した。
――アイスノン?
ああ。あの後泣きながら寝ちゃったのか、と眠る前の直前のやり取りを桜は思い出した。しかしメイクも落としてくれて、パジャマに着替えさせてくれた上、顔にアイスノンとは本当によく気が回る男だなぁ、葵って、と少し吹き出すように笑ってしまった。
確かにあのまま放置されていたら、すごい顔になっていたことだろう、と思う。
すぐ自分の横で眠る男の顔をまじまじと見る。葵は睡眠時間が短いのだが、眠りは深い。そんなことを、もう当たり前のように知っている自分に少しだけ動揺する。
眠ってるときは笑顔が消えていて、少し精悍な感じがする。まぶたに落ちるまつげの影が深くて、本当は端正な顔立ちなんだなと、悟らされる。浅黒くて、筋肉がしっかりついている肩の稜線や、大きな筋張った手が力なく、桜の上に落ちている。
眠りが深いことに安心して、桜は手で葵の顔に触れた。手の甲や指を使って、頬を撫でたり、唇の輪郭をたどってみたりした。
髪を軽く梳いて、意外と柔らかな真っ黒な髪の感触を楽しむ。
――なんだか、自分のものって感じがするな…って、チョット待て、私!?
桜は自分の考えに思わず動揺して、体が揺れてしまう。その振動が伝わったのか、葵が顔を少ししかめて瞳を開けた。
黒目がちの目が光をともさずに、桜を見た。
「あ…。ごめん。起こした?」
遠慮がちに声を掛けた。そのまま、また眠ってくれるといいなと思った。ただでさえ、睡眠時間が短いのに自分が邪魔をして起こしてしまうのは申し訳ない気がしたからだ。
葵は自分の頭にある桜の手に自分の手を重ねて、唇に持ってきて、そこにキスを落とした。手から目線を再度、桜に戻して桜を見つめた。
――あ、肉食獣の葵だ。
その鋭い目線に桜の体の深いどこかが震えた気がした。2ヶ月ほど前に志岐が同じ部署になることを知ってパニックになったときに、慰めてもらった後、抱かれた時のことを思い出した。その瞬間に、噛み付くようなキスを葵が落としてきて、桜は飲み込まれるような思いに落ちていった。
「――ん」
長い深いキス。
唇を強弱つけながら擦られ、思わず空気を求めて開けた口の中を貪られるように、吸い上げられる。
舌を吸い上げられ、歯列や口内を舐められて刺激される。飲み下せない唾液がとろりと口から溢れてしまう。それを舐めとられたりしながら、長い長いキスを交わす。
空気を求めて、頭をずらすも、そこを追いかけてこられて、また深く探られる。
力が抜けてしまっているように思うのに、指は葵の背中にがっしりと食い込んでしまって離せない気がした。
「ふ…、んん」
普段の自分からは想像出来ないような甘い短い声が出てしまう。肉食獣に食われる獲物の断末魔もこんな甘い声なんだろうか、と馬鹿なことが頭の中に浮かぶ。
この声を自分から引きずり出すのは、葵以外いないことに桜は赤面してしまう。
「ごめん」
葵が、動きを止めて小さく掠れた声で謝った。桜は、体を少し引かれてしまって、今まで伝わってきていた熱さが遠ざかって寂しい気がした。
「え?」
「いや、桜さん疲れてるのに…。止まらなかった」
――気にしなくていいのに。
そう思ったが、少し葵の顔色が悪い気がした。思わず額に手を伸ばして触れた。
「熱はなさそうだけど、調子悪いの? だったら私、帰ろうか?」
「え?」
「体調悪いのに隣に他人がいたら休めないでしょ?」
「いや、体調はいいよ」
「でも…」
桜は、何か違和感を感じた。
「えと、調子悪いなら、せめて私ソファーに行くよ? 」
「いやほんと、調子は悪くないですよ」
普通ならこのシチュエーションで葵が止まることがなかっただけに、桜は困惑する。
歯切れの悪い葵に不安を感じた。
今回の件で迷惑を掛けたことは非常に自覚してるし、これ以上ないほど自分の醜さをさらけ出してしまった。
さすがの葵も、自分に対して呆れ果ててしまったのかもしれない。そう思って桜も青くなる。少し冷たくなった指先を葵が感じてか、手を包み込まれた。
「いや、たぶん今桜さんの頭に展開しているようなことはなくて、桜さん、昨日からいろんな事あって疲れてるのに抱こうってするなんて最低だなって、ちょっと思っただけだよ」
そう葵が苦笑する。
少しだけ安心して桜は微笑んだ。
――そうか、私に呆れたり、飽きたんじゃなくて気を使ってくれたのか。
そう思って少しだけほっとする。
色々ありすぎて、あまり考えがまとまらないが、葵の体温をもっと身近で感じたいという気持ちが無視できないくらい大きくて、桜はそれ以外どうでもよくなっていた。
それになんだか、歯切れの悪い葵が気になって仕方がない。何か悩みとか落ち込むことでもあったのかな? ああ、出張から帰ったばっかりなのに自分が振り回してしまったからきっと疲れてもいるんだろうか、と思う。自分のことばっかり葵に押し付けてしまったけれど、彼だって会社でいやなことがあったり、悩みとか持ってないはずがない。
自分の力で少しでも彼を慰めれないんだろうか? 慰めることは出来なくても、一時忘れてくれればいいのに…、そう思ったらつるりと言葉が飛び出ていた。
「気にしなくていいのに。…葵は私をべったべたに甘やかしてくれるんでしょ?」
「――うん。そう言いましたね」
「葵に触れられるの好きだよ。今から甘やかしてもらうのは…ダメ?」
「ダメっ、じゃないっに、決まってるじゃないですか」
――じゃーお願い。私が呆れちゃうくらい甘やかして。
桜は少しだけ微笑を刷いて、囁きながら葵の首に手を伸ばした。
そう思って桜は瞳を開けようとするがなんとなく目の前が重たくて、瞳が開けられなかった。手を顔に持ってくると、何かがのっていたので引っつかんで何かを確認した。
――アイスノン?
ああ。あの後泣きながら寝ちゃったのか、と眠る前の直前のやり取りを桜は思い出した。しかしメイクも落としてくれて、パジャマに着替えさせてくれた上、顔にアイスノンとは本当によく気が回る男だなぁ、葵って、と少し吹き出すように笑ってしまった。
確かにあのまま放置されていたら、すごい顔になっていたことだろう、と思う。
すぐ自分の横で眠る男の顔をまじまじと見る。葵は睡眠時間が短いのだが、眠りは深い。そんなことを、もう当たり前のように知っている自分に少しだけ動揺する。
眠ってるときは笑顔が消えていて、少し精悍な感じがする。まぶたに落ちるまつげの影が深くて、本当は端正な顔立ちなんだなと、悟らされる。浅黒くて、筋肉がしっかりついている肩の稜線や、大きな筋張った手が力なく、桜の上に落ちている。
眠りが深いことに安心して、桜は手で葵の顔に触れた。手の甲や指を使って、頬を撫でたり、唇の輪郭をたどってみたりした。
髪を軽く梳いて、意外と柔らかな真っ黒な髪の感触を楽しむ。
――なんだか、自分のものって感じがするな…って、チョット待て、私!?
桜は自分の考えに思わず動揺して、体が揺れてしまう。その振動が伝わったのか、葵が顔を少ししかめて瞳を開けた。
黒目がちの目が光をともさずに、桜を見た。
「あ…。ごめん。起こした?」
遠慮がちに声を掛けた。そのまま、また眠ってくれるといいなと思った。ただでさえ、睡眠時間が短いのに自分が邪魔をして起こしてしまうのは申し訳ない気がしたからだ。
葵は自分の頭にある桜の手に自分の手を重ねて、唇に持ってきて、そこにキスを落とした。手から目線を再度、桜に戻して桜を見つめた。
――あ、肉食獣の葵だ。
その鋭い目線に桜の体の深いどこかが震えた気がした。2ヶ月ほど前に志岐が同じ部署になることを知ってパニックになったときに、慰めてもらった後、抱かれた時のことを思い出した。その瞬間に、噛み付くようなキスを葵が落としてきて、桜は飲み込まれるような思いに落ちていった。
「――ん」
長い深いキス。
唇を強弱つけながら擦られ、思わず空気を求めて開けた口の中を貪られるように、吸い上げられる。
舌を吸い上げられ、歯列や口内を舐められて刺激される。飲み下せない唾液がとろりと口から溢れてしまう。それを舐めとられたりしながら、長い長いキスを交わす。
空気を求めて、頭をずらすも、そこを追いかけてこられて、また深く探られる。
力が抜けてしまっているように思うのに、指は葵の背中にがっしりと食い込んでしまって離せない気がした。
「ふ…、んん」
普段の自分からは想像出来ないような甘い短い声が出てしまう。肉食獣に食われる獲物の断末魔もこんな甘い声なんだろうか、と馬鹿なことが頭の中に浮かぶ。
この声を自分から引きずり出すのは、葵以外いないことに桜は赤面してしまう。
「ごめん」
葵が、動きを止めて小さく掠れた声で謝った。桜は、体を少し引かれてしまって、今まで伝わってきていた熱さが遠ざかって寂しい気がした。
「え?」
「いや、桜さん疲れてるのに…。止まらなかった」
――気にしなくていいのに。
そう思ったが、少し葵の顔色が悪い気がした。思わず額に手を伸ばして触れた。
「熱はなさそうだけど、調子悪いの? だったら私、帰ろうか?」
「え?」
「体調悪いのに隣に他人がいたら休めないでしょ?」
「いや、体調はいいよ」
「でも…」
桜は、何か違和感を感じた。
「えと、調子悪いなら、せめて私ソファーに行くよ? 」
「いやほんと、調子は悪くないですよ」
普通ならこのシチュエーションで葵が止まることがなかっただけに、桜は困惑する。
歯切れの悪い葵に不安を感じた。
今回の件で迷惑を掛けたことは非常に自覚してるし、これ以上ないほど自分の醜さをさらけ出してしまった。
さすがの葵も、自分に対して呆れ果ててしまったのかもしれない。そう思って桜も青くなる。少し冷たくなった指先を葵が感じてか、手を包み込まれた。
「いや、たぶん今桜さんの頭に展開しているようなことはなくて、桜さん、昨日からいろんな事あって疲れてるのに抱こうってするなんて最低だなって、ちょっと思っただけだよ」
そう葵が苦笑する。
少しだけ安心して桜は微笑んだ。
――そうか、私に呆れたり、飽きたんじゃなくて気を使ってくれたのか。
そう思って少しだけほっとする。
色々ありすぎて、あまり考えがまとまらないが、葵の体温をもっと身近で感じたいという気持ちが無視できないくらい大きくて、桜はそれ以外どうでもよくなっていた。
それになんだか、歯切れの悪い葵が気になって仕方がない。何か悩みとか落ち込むことでもあったのかな? ああ、出張から帰ったばっかりなのに自分が振り回してしまったからきっと疲れてもいるんだろうか、と思う。自分のことばっかり葵に押し付けてしまったけれど、彼だって会社でいやなことがあったり、悩みとか持ってないはずがない。
自分の力で少しでも彼を慰めれないんだろうか? 慰めることは出来なくても、一時忘れてくれればいいのに…、そう思ったらつるりと言葉が飛び出ていた。
「気にしなくていいのに。…葵は私をべったべたに甘やかしてくれるんでしょ?」
「――うん。そう言いましたね」
「葵に触れられるの好きだよ。今から甘やかしてもらうのは…ダメ?」
「ダメっ、じゃないっに、決まってるじゃないですか」
――じゃーお願い。私が呆れちゃうくらい甘やかして。
桜は少しだけ微笑を刷いて、囁きながら葵の首に手を伸ばした。