あの日まではただの可愛い女《ひと》。
――ここはどこだろう?
ふっと、自分の両手を見た。荒れてタコだらけの手。爪は短くて何かを扱う女の手だと、桜はふとおもった。
「サクラちゃんって、強くてかっこよくて憧れの人なの!」
そう自分の腕に絡み付いてくる。白くて柔らかくて戦うことを知らない女性らしい手。自分の無駄についた筋肉の硬い感触がある無骨なものとは大違い。
そんな自分が恥ずかしくなってしまうくらい彼女はとても綺麗で、人気者で人の心の機微に鋭くて、うらやましくてしょうがなかった。不慣れなゲームの世界で、ギルドの人間以外で初めて仲良くなった人だった。
始まりはぼーっと街中で立っていたら、『そこの戦士さんどうしたの? 困りごと?』と話しかけてくれた。装備の修理が出来る人を探しているというと、彼女自身がやってくれるというので言葉に甘えた。
街中に来るたびに話しかけてくれて、だんだんと仲良くなった。
家に誘われたときにはとても凝った内装で、サクラの何もない四角いだけの家と大違いの居心地のよい空間に驚かされた。何もかも自分とはまったく違う人――。
彼女のすべらかな腕とすこしだけふるっと当る胸の感触。甘い蜜のような香。女同士なのにそういうしぐさや香にきゅんと胸が痛くなった。
――ゲームなのに妙にリアリティがあるな。
本当はゲームだから腕に絡みついてくる感触もなければ手のパーツの細かな違いはない。肌の色や顔、髪の色などはいじることは出来るが…。なぜか今はそういう個人個人の容姿の違いをリアルに感じた。でも頭の中で、そう思っても目の前の風景は妙にリアルである。
――ま、夢だしね。
何度か見ているこれは夢。それを夢の中で気がついてる自分に、くすっと笑いがもれる。これも毎度のことだ。彼女はサクラの手をとったまま歩き出す。町外れの野原にあるベンチに座って今日あった出来事などを聞かれる。本当に他愛もない冒険の一コマなのに、いつも驚きとともに話を聞いてくれる。
「サクラちゃん本当に強いのね~」
「いや。私はみんなに連れて行ってもらってるだけだから…」
「でも、ちゃんときっちりモンスター討伐して戦利品もらってきてるんでしょ? すっごいよ~」
「いや。まぁ…。ハニービーさんは今日は何してたの?」
そうやって、戦闘ではなく、街中で生きる彼女に話を手向ける。
彼女は、はーっとため息をついて、綺麗な白い手を眺めた。
「んー…」
「だんなさん、あんまり一緒にいてくれないんだっけ?」
確か彼女はリアル夫婦でゲームやってたなぁと思って聞く。
「そうなんだけどね。忙しくってどんなに寂しいって言ってもしょうがないんだけど…」
男女間のことなどほとんど経験がないだけに、サクラは思わず黙ってしばらく彼女の愚痴を聞く。一度習い事とか、仕事探すって言うのもいいんじゃないって言った時に、泣かれて大変だったので、それきり流石にいえない。家でぼーっとしてるのもつまんないだろうとは、内心思ってはいたが。しばらく彼女のだんなの話を聞いて、あーほんと、結婚って大変だなぁ~という、どうでもいい感想を持ったときだった。
「でもね。すごく悩んでるの。今好きな人が出来てさ…」
「好きな人? ゲーム…で?」
「うん。わかってるよ。サクラちゃんが言いたいこと。でも、とてもその人の事考えると満たされるの。どうにもならないくらい好きだなって思うの」
そういう気持ちをサクラは持ったことがないので、思わず小首をかしげる。そもそもリアルで日々会っている男たちにもそんな気持ちを持てたことがない。ましてやゲームの中の住人になんて…というどうにもならない感想しか浮ばなかった。
「サクラちゃんにも、いつかわかるよ。こういう切なさとか持てる人」
「切ないってつらいじゃん」
「でも心は満たされるんだよ。そういうことって人生に何度もあることじゃないよ?」
「コントロールできないって怖いよ」
「そういう、自分の心がどうにもならない気持ちを味わうからこそ、幸せな気持ちもやってくるんだよ? だから恋に落ちるって言うんじゃないかなぁ」
でも、私は、とても幸せなんだとおもう。そう前向きに語る彼女がまぶしかった。
サクラはそんな日が、自分に来るのかどうかはわからなかったが、彼女の少し悲しそうだけど、気持ちが満たされているような顔を見たら何もいえなくなってしまった。少し綺麗に見えるけど自分には理解できない気持ち過ぎて、黙って寄り添うことしか出来なかった。
それからしばらくしてのことだった――。
その日は、戦闘が終わって基点としている街の銀行で、戦利品を仕分けて格納したり、いつでも出れるように装備を整えていた。今までは人が一番多い王城がある街を基点にしていたが、ここ最近いやなことが多いので、ほとんど人が来ないような僻地の街をサクラは基点にしていた。オンラインゲームでは対ユーザー同士が殺し合い《Player VS Player》も仕掛けれることが出来るエリアがあって、サクラはそんな街の中の一つを基点にしていた。
危険に見えても過疎ゲームだからこそ、めったに人に会わないような場所。今のサクラにとって知らないプレイヤーとなるべく接点を持ちたくないというのが街で用事を済ますための優先順位だ。
しかも剣と魔法の世界なのになぜか仲間達は離れていても、会話は可能なので困ることがない。オンラインゲームって便利だなと少し苦笑いしてしまう。しばらく、銀行に荷物をぎゅっと入れ込んで少しぼーっとしていた。
ぼーっとしているとは言ってもここ最近自分の周りに起こっていることをなんとなく考えていたのだが。仲間達は好きだが、正直言って潮時なのかもしれない――。
「サクラさん、ちょっと来れる?」
そんな思考を打ち切るかのように、盗賊のナナミから連絡が届いた。戦闘とは違う緊迫感を感じてサクラはすこしだけ唇を舐めて潤いを与える。サクラはただの戦士ではない。狂戦士と呼ばれる職種で、この職種は神がかった力を戦闘能力に変えることができ、移動などの魔法を唱えるスキルを身につけることが可能だった。
「のろわれし神々の名において――」
そう唱えて転送を図る。
シュンというような音とともに目を開けると、目の前にナナミがいた。
ナナミの苦い顔が目に入ったときにいやな予感が――した。
ふっと、自分の両手を見た。荒れてタコだらけの手。爪は短くて何かを扱う女の手だと、桜はふとおもった。
「サクラちゃんって、強くてかっこよくて憧れの人なの!」
そう自分の腕に絡み付いてくる。白くて柔らかくて戦うことを知らない女性らしい手。自分の無駄についた筋肉の硬い感触がある無骨なものとは大違い。
そんな自分が恥ずかしくなってしまうくらい彼女はとても綺麗で、人気者で人の心の機微に鋭くて、うらやましくてしょうがなかった。不慣れなゲームの世界で、ギルドの人間以外で初めて仲良くなった人だった。
始まりはぼーっと街中で立っていたら、『そこの戦士さんどうしたの? 困りごと?』と話しかけてくれた。装備の修理が出来る人を探しているというと、彼女自身がやってくれるというので言葉に甘えた。
街中に来るたびに話しかけてくれて、だんだんと仲良くなった。
家に誘われたときにはとても凝った内装で、サクラの何もない四角いだけの家と大違いの居心地のよい空間に驚かされた。何もかも自分とはまったく違う人――。
彼女のすべらかな腕とすこしだけふるっと当る胸の感触。甘い蜜のような香。女同士なのにそういうしぐさや香にきゅんと胸が痛くなった。
――ゲームなのに妙にリアリティがあるな。
本当はゲームだから腕に絡みついてくる感触もなければ手のパーツの細かな違いはない。肌の色や顔、髪の色などはいじることは出来るが…。なぜか今はそういう個人個人の容姿の違いをリアルに感じた。でも頭の中で、そう思っても目の前の風景は妙にリアルである。
――ま、夢だしね。
何度か見ているこれは夢。それを夢の中で気がついてる自分に、くすっと笑いがもれる。これも毎度のことだ。彼女はサクラの手をとったまま歩き出す。町外れの野原にあるベンチに座って今日あった出来事などを聞かれる。本当に他愛もない冒険の一コマなのに、いつも驚きとともに話を聞いてくれる。
「サクラちゃん本当に強いのね~」
「いや。私はみんなに連れて行ってもらってるだけだから…」
「でも、ちゃんときっちりモンスター討伐して戦利品もらってきてるんでしょ? すっごいよ~」
「いや。まぁ…。ハニービーさんは今日は何してたの?」
そうやって、戦闘ではなく、街中で生きる彼女に話を手向ける。
彼女は、はーっとため息をついて、綺麗な白い手を眺めた。
「んー…」
「だんなさん、あんまり一緒にいてくれないんだっけ?」
確か彼女はリアル夫婦でゲームやってたなぁと思って聞く。
「そうなんだけどね。忙しくってどんなに寂しいって言ってもしょうがないんだけど…」
男女間のことなどほとんど経験がないだけに、サクラは思わず黙ってしばらく彼女の愚痴を聞く。一度習い事とか、仕事探すって言うのもいいんじゃないって言った時に、泣かれて大変だったので、それきり流石にいえない。家でぼーっとしてるのもつまんないだろうとは、内心思ってはいたが。しばらく彼女のだんなの話を聞いて、あーほんと、結婚って大変だなぁ~という、どうでもいい感想を持ったときだった。
「でもね。すごく悩んでるの。今好きな人が出来てさ…」
「好きな人? ゲーム…で?」
「うん。わかってるよ。サクラちゃんが言いたいこと。でも、とてもその人の事考えると満たされるの。どうにもならないくらい好きだなって思うの」
そういう気持ちをサクラは持ったことがないので、思わず小首をかしげる。そもそもリアルで日々会っている男たちにもそんな気持ちを持てたことがない。ましてやゲームの中の住人になんて…というどうにもならない感想しか浮ばなかった。
「サクラちゃんにも、いつかわかるよ。こういう切なさとか持てる人」
「切ないってつらいじゃん」
「でも心は満たされるんだよ。そういうことって人生に何度もあることじゃないよ?」
「コントロールできないって怖いよ」
「そういう、自分の心がどうにもならない気持ちを味わうからこそ、幸せな気持ちもやってくるんだよ? だから恋に落ちるって言うんじゃないかなぁ」
でも、私は、とても幸せなんだとおもう。そう前向きに語る彼女がまぶしかった。
サクラはそんな日が、自分に来るのかどうかはわからなかったが、彼女の少し悲しそうだけど、気持ちが満たされているような顔を見たら何もいえなくなってしまった。少し綺麗に見えるけど自分には理解できない気持ち過ぎて、黙って寄り添うことしか出来なかった。
それからしばらくしてのことだった――。
その日は、戦闘が終わって基点としている街の銀行で、戦利品を仕分けて格納したり、いつでも出れるように装備を整えていた。今までは人が一番多い王城がある街を基点にしていたが、ここ最近いやなことが多いので、ほとんど人が来ないような僻地の街をサクラは基点にしていた。オンラインゲームでは対ユーザー同士が殺し合い《Player VS Player》も仕掛けれることが出来るエリアがあって、サクラはそんな街の中の一つを基点にしていた。
危険に見えても過疎ゲームだからこそ、めったに人に会わないような場所。今のサクラにとって知らないプレイヤーとなるべく接点を持ちたくないというのが街で用事を済ますための優先順位だ。
しかも剣と魔法の世界なのになぜか仲間達は離れていても、会話は可能なので困ることがない。オンラインゲームって便利だなと少し苦笑いしてしまう。しばらく、銀行に荷物をぎゅっと入れ込んで少しぼーっとしていた。
ぼーっとしているとは言ってもここ最近自分の周りに起こっていることをなんとなく考えていたのだが。仲間達は好きだが、正直言って潮時なのかもしれない――。
「サクラさん、ちょっと来れる?」
そんな思考を打ち切るかのように、盗賊のナナミから連絡が届いた。戦闘とは違う緊迫感を感じてサクラはすこしだけ唇を舐めて潤いを与える。サクラはただの戦士ではない。狂戦士と呼ばれる職種で、この職種は神がかった力を戦闘能力に変えることができ、移動などの魔法を唱えるスキルを身につけることが可能だった。
「のろわれし神々の名において――」
そう唱えて転送を図る。
シュンというような音とともに目を開けると、目の前にナナミがいた。
ナナミの苦い顔が目に入ったときにいやな予感が――した。