鈴音~生け贄の巫女~


一瞬だけ、そう言った男の表情に影が落ちたような気がして。

凛は暫し言葉をなくす。


「部屋に戻れ。お前はこちらに来て一口も食べていない、腹が減っているだろう。朝食を運んでおいた」


そんな凛に、短くそう伝え。

男は踵を返そうとしたところ、着ている簡素な服の裾を捕まれて足を止めた。

その先を見れば細い女の手が、小さく、されど必死にすがるように見えたのは何故か。


「どうした」


静かに、半ば呟くような声で問う。


「あ、え……と、あの、御名前聞いても良いですか」


「名?」


「はい。あ、私は、東条凛(とうじょうりん)です」


「………シンだ。シン・ケヴィル」


そうして再び凛を見下ろすも、何やら掴んだ手を下ろそうとしない様子にシンは密かに息を吐く。

それにびくりと肩をゆらした凛は、恐る恐るシンを仰ぎ見た。


「傍にいよう。そんな顔をするな」


凛の頭の上に手が乗せられ。

さっきまで必死に突っ張ろうとしていたシンを相手に、はやくもほっとされたのは、致し方ない。



< 12 / 112 >

この作品をシェア

pagetop