鈴音~生け贄の巫女~


その表情は実に穏やかであり、凛の心を落ち着かせた。


しかして表情は歪んでいたか、ほっほとくぐもった笑い声を上げた老人は優しく凛の手を取る。


「そんなお顔をなさるな、折角の可愛らしいお顔が台無しにございますれば。御安心召されよ、この場にいる者皆、……否、この村にいる者皆が貴女に危害加えることございませぬ」


「…………あなたは、」


出た声も涙声であったからして、涙こそ出てはいないものの、凛は泣いていたのだ。

帰して、帰りたい、何故こんな事に、戻りたい、そんな感情が未だ波のように押し寄せるのだから、やはりまだ凛は混乱していると言える。


そんな中での、この老人の暖かな眼差し、手、言葉は救いにも思えたろうに。


「この村の長老にございますれば、名乗れる名はございませぬ。して、貴女の名をお伺いしても」


「私は凛です。東条凛」


「凛、とはまた、鈴の音のごとき透明で美しい御名前よの。はてさて、鈴もそんな凛殿であるからこそお呼びしたのかどうか」


「もしそうであると言うならば、私はこの名であることを悔い憎みます」


「そう言いますな、凛殿。名とは、親から授かりし最初の愛情なりければ―――……おや、おや」


凛の瞳からは、ぼろっと涙が溢れていた。


「混乱されるも無理はあるまいて。さあさ、ご飯でもお召し上がり下さいませ、腹が満たされれば涙も止まりましょう」



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