なつみかんの花びら




「こんにちは、おばさん。
柑夜いますか?」


ひょっこりと顔を覗かせた僕に、おばさんはにこにこと柑夜と同じ笑い方をした。


「あら、一年ぶりねえ蜜樹くん。
背、伸びた? もう中学生だものね」

「はい」

「柑夜は全くよ。
今さら牛乳なんて飲みだしてるけど、あれは無理よね。
──あ、柑夜呼ぶんだったわよね、いらっしゃい」


雑談に発展しそうだったが、途中で気づいてくれたみたいだ。

よかった。


傷のことをとやかく言われない気づかいは素直に嬉しかった。

だけど、

「柑夜、蜜樹くん来たよ」

「いないって言って」


心が、凍るかと思った。


「え、どうしたの。
いつもあんなに蜜樹くんに会えるの楽しみにしてたじゃない。
バカなこと言ってないで」

「いいからいないって言って!」

「いいんです」


まだ何かを言おうとしたおばさんを止めた。


来ない方がよかった、ね。

どうして気づかなかったんだろう。

こんな傷がある男、嫌に決まってるのに。


「お邪魔しました」


泣きたくて、泣きたくなかった。


だって、きっと君は。

僕が泣いたら、泣くから。






< 12 / 84 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop