なつみかんの花びら
「こんにちは、おばさん。
柑夜いますか?」
ひょっこりと顔を覗かせた僕に、おばさんはにこにこと柑夜と同じ笑い方をした。
「あら、一年ぶりねえ蜜樹くん。
背、伸びた? もう中学生だものね」
「はい」
「柑夜は全くよ。
今さら牛乳なんて飲みだしてるけど、あれは無理よね。
──あ、柑夜呼ぶんだったわよね、いらっしゃい」
雑談に発展しそうだったが、途中で気づいてくれたみたいだ。
よかった。
傷のことをとやかく言われない気づかいは素直に嬉しかった。
だけど、
「柑夜、蜜樹くん来たよ」
「いないって言って」
心が、凍るかと思った。
「え、どうしたの。
いつもあんなに蜜樹くんに会えるの楽しみにしてたじゃない。
バカなこと言ってないで」
「いいからいないって言って!」
「いいんです」
まだ何かを言おうとしたおばさんを止めた。
来ない方がよかった、ね。
どうして気づかなかったんだろう。
こんな傷がある男、嫌に決まってるのに。
「お邪魔しました」
泣きたくて、泣きたくなかった。
だって、きっと君は。
僕が泣いたら、泣くから。