水没ワンダーランド
少女は、世界を見下ろしていた。



どこか高い建物の屋上のフェンスごしに少女は、何十メートルも下にある道路や街道を行き交う人々を見つめていた。


信号が一定のスピードで変わり、その度に人間と車の動きがチェンジする。

なんの面白みもない景色だったが、彼女にとってそれは「世界」だった。

彼女はここのところずっと、この変哲のない景色以外を目にしていない。




少女は、じっと世界を見下ろしていた。




真っ白なワンピースのすそをはためかせ、少女はおもむろにフェンスをよじ登り始める。





「……ここから飛んだら……死ねるかな?」




彼女が何気なくつぶやいた恐ろしいセリフは、ブワリと吹き抜けたビル風にかき消される。




少女は、最後の最後まで世界を見下ろしていた。



そして少女は、足をかけていたフェンスを勢いよく蹴った。少女の身体はフェンスの向こう側へと投げ出される。




(さよなら)




ビル風が止む。やがて歩行者用の信号が赤に変わった頃、屋上に少女はいなくなった。


屋上に遺されたものは、少女が履いていた、未だぬくもりの残るスリッパのみとなった。

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