水没ワンダーランド
中学一年生の道徳の時間、決まって合理的な意見ばかり述べる那智は、先生からも生徒からも「血も涙もない」と苦笑されるばかりであった。
「それに、私だってもしかすると“迷い込んだ人間”の一人かもしれないじゃないですか!」
「それは……」
さすがの那智も反論できなかった。
記憶がない今の時点で、女の子が迷い込んだ人間なのかそれともこの世界の住人なのかは判別がつかない。
雰囲気からして、迷い込んだ人間という可能性の方が高いとは思うが。
那智はあからさまに嫌そうな顔をした。
(なんか……こいつ、苦手なんだよなあ…)
「ね?だから連れてってください。90人もいるんじゃ、那智さん一人じゃ大変でしょう?ご飯も二人一緒の方がおいしいですし」
「本音はそっちだろ!?腹が減ってるだけじゃねーかっ」
「一人より二人、二人よりさーんにん」
外野でチェシャ猫が歌うように言った。
チェシャ猫は三人で行動をともにする気らしい。
女の子はチェシャ猫の背に回って、勝ち誇ったように那智を見た。
「ほらね!やっぱり猫さんは優しい人ですね!よろしくお願いします」
「勝手に決めんな!こら、糞猫!こっち戻ってこい!!」
「よろしくねー。……えーと……きみは、何?」
おそらく、誰?と問いたかったのだろう。
ポンポンと女の子の頭をなでながら、猫が首を傾げた。
女の子は、はて、と動きを止めて虚空を見上げた。
その幼い仕草は、どうやら考えこんでいるらしい。
「……えーっと…」
記憶がない彼女は、自分の名前すらもわからない様子だった。