水没ワンダーランド
そこは、寒くて暖かくて優しくて寂しい場所だった。
甘い匂いのする霧に包まれて、那智はただ歩いている。
右も左もわからない霧の中で、自分がまっすぐ進路をとっているのかすらも解らないな状況で。
ただ、恐怖心はなかった。
懐かしくて、愛しい。
切なくて、寂しい。
様々な感情が那智のぼんやりとした頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えてゆく。
(ああ、そうだ)
那智は歩調を早め、霧の中を進んでゆく。
(俺は、逃げているんだ)
何から逃げているのかは、わからない。
霧の遠くから声が聞こえる。
聞きたくない。
嫌だ。
はやく、はやく、声が届かないところまで!
不確かであやふやな声は、だんだんと鮮明になって那智の耳に届く。
“Who are you?”
あなたは誰ですか?
(俺は、誰ですか?)
霧は、晴れない。
ずっとこのまま走って逃げ続けていたい。
世界の果ては、どこにある?