水没ワンダーランド
しかし、スージーのそれは那智に充分すぎるヒントを与えた。
探求心旺盛かつ根っからのガリ勉の那智は、すぐさま脳をフル回転させる。
「…っつーことは……」
那智は胸ポケットにさしていたペンを手にとり、ノックせずにそのまま地面へとつきたてる。
そのままガリガリと地面を削っていくつもの線を描く。
「なに、それ」
「ミトコンドリア?ストロマ?グラナ?」
「ちげーよ!ミルフィーユだよ!お前が言ったんだろ!」
スージーの口から飛び出した細胞用語を那智は全力で否定した。
(那智さん、絵が下手だなあ……)
スージーはしぶい顔をしながらも、どうにか那智の描いたそれをミルフィーユと思い込むことにした。
「このミルフィーユ全体が、異世界とすると……」
つまり、チェシャ猫が言う「国」とは。
この世界にさらに含まれている“小さな世界”だと那智は仮定する。
この世界は人間の感情や歪みといった、実態がなく抽象的なものを糧として存在している。
だから、まるで迷路のような複雑な世界になったとしても不思議はないはずだ。
スージーが言うように、環境も景色も、ひょっとすると次元すらが全く違う幾つもの“小さな世界”が折り重なって、この世界は形成されているのではないか。
ひとつの仮定だけれど。
こう考えれば、チェシャ猫の説明にも辻褄があう。
「そう、そう。さすがは那智」
チェシャ猫がひどくゆったりとした仕草で手をたたく。
「お前、ほんとに意味わかってんのかよ……」
つまるところ、この“草原の国”は異世界を形成するたくさんの“国”の中のひとつでしか無いのだ。