水没ワンダーランド
不気味な笑顔が張り付いているチェシャ猫の顔(作りものの頭部)からは、本物の表情や感情が読み取れなくて、少し那智は身じろぎした。
そして同時に、とてつもなく嫌な予感がした。
「じゃ、すしえは迷子にならないようにね」
チェシャ猫は、スージーの手首辺りを握る。
「……おい」
「那智も怪我、しないようにね」
「こら、チェシャ猫!」
スージーはきょとん、としてチェシャ猫を見上げる。
しかしチェシャ猫はなおも那智の呼びかけを無視した。
「お前はこの国の出口、知ってんだろ?」
「ミルフィーユ、ミルフィーユ……」
チェシャ猫は足元を見つめて、つぶやき始める。
(ミルフィーユ…?)
「ミルフィーユ、ミルフィーユ。パイ生地重なる、ミルフィーユ…」
パイ生地、重なる。
チェシャ猫は歌うようにつぶやいた。
そのうち小さく足踏みのようなものを始めた。
そしてチェシャ猫は確認するように一度、足元を踏み鳴らす。
「上があるなら、下がある。下があるなら、上がある……」
そして、チェシャ猫はふわりと宙に浮いた。
おもいきり地面を蹴り飛ばして、跳んだのだ。
チェシャ猫の口を縫い止めていた糸が、また一本、プツリと弾けた。
刹那、宙に浮いている間にもチェシャ猫の四ツ穴ボタンの目は那智をジッと見つめていた。
那智は、直感した。
冷や汗を伴う、直感。
(上があるなら…下……って…!)
「おまっ…!?まさか…!」
叫んだ時には、遅かった。