水没ワンダーランド
早歩きで教室に帰る那智の後を、ダラダラと山本が追って歩く。


「あー、そう言えばさあ……なあ聞いてんのかよ那智」


「聞いてるって。なんだよ?」


「……」


「そこまで言っといて黙るなよっ!なんだよ教えろよ」


「……」


「……山本?」


いつまでたっても返事がない。

また誰かをナンパしに行ったのか?と那智が歩くのをやめて振り向いた。



「……!?」




山本は、ちゃんと那智の後ろに居る。

しかも何かをしゃべっている。


しかし、声がしない。


山本の口だけがパクパク動いている。


(な…っ…耳までおかしくなったのか?!)


那智はバッと自分の耳に手を当てた。


山本がおかしな顔をする。

声はしないものの、口の動きで「どうした?」と言っているのだろう。



聞こえない。

那智の耳には、山本の声も他の生徒の声もチャイムも雑踏も。



(どうなってんだ…!?俺の体ッ…)



カチ、コチ、カチ、コチ


「…ッ…!?」


聞こえる。

音が消失した那智の世界で。


時計の、音。


何も聞こえないのになぜ時計の音が聞こえる?


(時計なんてどこにも……)


山本がついに那智の異変に気づいたらしく、那智の肩をたたく。


「大丈夫か?!」と言っているらしい。



そのとき。



ザーッというノイズ音に時計の音がかきけされる。


頭痛がした。


そして、どこからともなく声がする。


「やあ、おもしろいことになってきたね」


「…え…?」


山本の声じゃ、ない。


青年のような声。
しかしどこかが歪んでいる。

何が、と具体的には分からないが。


ひどく狂気に満ちた声だ、と那智は思った。

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