花は花に。鳥は鳥に。
「カノジョが今、付き合ぅてるのは、俺の親友やった男です。」

 胸が、ずきんと痛んだ。

「そんなけ言うたら、もう解かりますやろ。」

 下手な笑いを口元だけに浮かべて、彼は自身で居た堪れなくなって首を振った。

「いつからとかは……聞いてもおらへんので、知りまへん。

 もともと板前修業中やったんですけど、それで思い切ってこの街へ移りましてん。

 あ、見返そうとか、そんな気持ちやあらへんのです。

 渡りに船って言うんか、ちょうどそんな話を貰ってて、……二人のことは忘れて、一からやり直そうと思っただけですねん。」

 忘れて……。

 そう、それが普通の反応だ。

 裏切られた側にしてみれば、さっさと忘れてしまいたい人間だ。

 そんなの、当たり前なのに、こんなに胸が痛い。


「正直、今でも彼女のことは嫌いになれへんのです。

 アホな話なんやけど、あんな目に遭ってもまだ、好きやと思ってます。

 せやから、こうでもせんと流れで元鞘に収まってしまいそうで、怖かったんです。

 迷惑掛けて、えろぅすんません。」

 カノジョのことより、わたしは、元親友のことを今どう思っているのかを聞きたくなっていた。

 思い出したくもない……もうどうでもいいのだろうと、薄々は感じ取っていたけれど。

 自身で感じたその答えで、切り裂かれそうな痛みに震えていた。


「平井君は、誘ったのは友達の方だと思ってるんだ?」

 そんな事を聞いてどうしようというのか。

 わたしは口をついて出た言葉の後から考えた。

 案の定で、彼は怪訝そうに眉を顰めた。

 裏切りに軽重の差はないはずだ、最初に誘ったのがどっちでも結果に違いなんてないのに。

 名前も出てこない元親友に、わたしは拘っていた。

「アイツの事は、もうええんです、」

 吐き捨てるように、彼はそう言った。

「一切連絡もないし、……あったとしても、何を話したらええんか解からへんし。

 俺から連絡すんのもヘンやし。

 もう、友達になんて戻れませんやろ。さすがに。」

 いっぺんに、平井君との距離までが、遠くなった気がした。


 憎まれるよりなお苦しい。

 居なかったことに、されてしまうんだと、知った。
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