花は花に。鳥は鳥に。
 人を好きになっただけ。
 そんな言い訳に逃げて、だけど真実は深く人を傷付けることだった。
 長い時間で築き上げた信頼を、たった数日でしかない繋がりを優先して、ぶち壊して。
 なんて愚かなんだろう。悔やんで。

「アイツ、電話してきよりましてん。『お前のカノジョ、お前と別れて俺と付き合う言うてるよ、』て。ふざけんな、って話ですやろ。彼女もさすがに言いにくかったんやと思います。で、アイツが代わりに言うたんやとは思うんですけど、やっぱり、どうしても許せんのです。」
 平井君の手の中で、ガラスのコップが強く緊張した。
 割れてしまいそうな圧力が、指先にまで見えた。
 友達の恋人と解かっていても、好きになったら止められないものだ。それは経験で解かる。
 でも、言えなかった。

「電話口のアイツの声が、よう忘れられんのです。どんなカオして、言うてんねやろって。なんで、直接俺に事情なんか話すんやろかって。そりゃ、知らん顔で過ごされても、それはそれで許せんかったやろうけど、」
 男として、好きな女を奪われた悔しさとか。負けたことを思い知らされた苦痛とか。そんなものより、信じていた人間に裏切られた悲しみは深いのだ。
 堂々巡りの思考で、ああでもないこうでもないと、悩み続けたんだろう。
 わたしも紗枝に避けられていた頃には、毎日悩んでいた。

 なにか、なにか言い返さなければ。
 わたしは、そんなにも酷い事をしたつもりなんかなかったのに。
 取り返しのつかない事をしたと、まだ認めたくはなかった。

 なんとなく解かる、彼の友達の気持ちが。
 そのセリフを言った時の昂揚感まで。
 彼に勝ったと思った瞬間には、きっと至上の歓びを得ただろう。
 優越感、勝者として敗者に接する暗い悦び、背徳感。そして、底意地の悪い悪戯心。
 面と向かっては言いにくいカノジョの代わりに言ってやるという、歪んだ優しい気持ち。
 だけど。
 その裏側に、本当の理由が隠れている。
 その友達本人は、もしかしたらまだ気付いていないのかも知れない。
 気付くまで、何度も同じことを繰り返すんだ。本当に欲しかったものを求めて。

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