花は花に。鳥は鳥に。
 小さな角皿に乗ったひと口大のそのカツがもうひと口欲しくて、わたしは壁に貼られた値札をちらりと盗み見た。平井君がまた気を回すだろうと思ってのことだったのに、勘のいい彼にまた先を越された。
「おやっさん、ソースカツもう一度お願いしますわ、」
 あちゃぁ、
 声と同じタイミングで、わたしはぎゅっと目を閉じた。
「おかわりが欲しいて、思わはったでしょ?」
 目を開けた時、得意げな笑みが正面にあった。

 奥から響く、フライを揚げる油の音。ただよう脂のいい香り。
 温かい部屋で、冷えたビール。……そろそろお銚子が欲しいかな。

「遙香さん、俺そろそろ熱燗頼もうかて思うんですけど、どうです?」
 ご一緒に、とばかりに杯を傾ける仕草。
 ケロリとした顔をしていたからつい頷いてしまったけど、ちょっと待って。
 彼の横にはさっき空けたジョッキ。これ、何杯目だっけ?
「ちょ、君ちょっと呑みすぎじゃないの? 大丈夫?」
「俺はどうもありまへんよ。遙香さんは大丈夫やなさそうやけど……。」
 実はちょっと暖房がキツイなぁなんて思ってた。かなり酔ってるかも。わたし。
「じゃあ……、これで最後! これ、お開きだからね!」
 ビシッ、て指を立てて宣言した。指先が時々ぼんやりしてる。
「ええですよ。もしなんかあっても、ちゃんと送り届けますさかい。」
 なんか余裕で平井君が答えた。

 お恥かしながら、その後の記憶がない。

 気付くと朝の日差しがレースの隙間からこぼれていた。
 綺麗な刺繍模様のカーテン生地だなぁ、なんてぼんやり考えながら呟いた。
「あれ? ここ、どこ?」
「なにすっとぼけたこと言ってるのよ、遙香!」
 独り言のつもりが、ぴしゃりと跳ね返された。
 一足先に起きて、髪を梳かしていた母の姿を洗面台の傍に見つけた。
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