花は花に。鳥は鳥に。
「遙香。前から言おうと思ってたんだけどね、あんまり沈んでるから言えなかったことがあるの。」
「え……? なに?」
 ぎこちない笑みは、誤魔化しの手段には使えなかった。
 母は私の前へわざわざ移動して、掛け布団をどけて、座った。
 正座で背筋を伸ばした母につられて、わたしも居住まいを正す。正座なんて何年振りだろうと思った。
 ぴんと背を伸ばした母の上からの視線。少し猫背に丸まったわたしの上目遣い。怒られるのだと絵に描いたような構図から、母は切り出した。

「恋愛っていうのは、勝ち負けじゃないでしょ、遙香。」
 いきなりの言葉は鋭くわたしの胸を刺した。言葉の意味よりも、わたしが隠してきた心を母が知っていた事にショックを受けた。
「ご近所さんが何を言っても、色恋っていうのは善悪じゃないんだから、巡り合わせをどうこう言っても仕方ないことよ。世間じゃ不倫を綺麗事のように言うけど、母さんはあんなのは嫌いよ。」

 知ってる。母が未婚でわたしを産んだ理由がそこにはある。
 母は捨てられたのだ、当時の婚約者に。
 居なくなってしまったという父を、今さらわたしもどうこうとは思わない。

 なぜ未婚だったのか、父は誰なのか、母はいつも笑って誤魔化していたから、もっと素敵な思い出があるのだと幼い頃には信じていた。捨てられたなんて夢にも思ったことなどなかった。
 わたしを産んだことを誇らしげに語る母をまぶしく見つめていたから、可能性すら浮かばなかった。
 話してくれた二十歳を祝う日、それ以来、父の事などどうとも思わなくなった。
 母を悲しませまいと、父を心の奥底で葬った。元から居ない人にした。
 こういうのって、八方が丸く収まるなんてありえないと知った日だ。

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