花は花に。鳥は鳥に。
 思い出が止まらない、大人になったわたしと紗枝はぎくしゃくしていた。
 紗枝をいじめていたクラスメートたちの気持ちがわたしにも解かった。
 言いたい放題にも笑っていて。傷付けているのはわたしなのに、なんだか無性に傷付けられた気がした。
 なんで黙ってるの、言い返せばいいじゃない、紗枝。
 酷いこと言わないでって、言えばいいじゃない。紗枝。

「だって、祐介が可哀そうだったんだもの。」
 思わず口をついて出た、真っ赤なウソ。
 祐介が可哀そうだなんて、そんなこと、思った覚えもない。
 紗枝の周りにいるのは、嘘つきばかりだ。みんな、素直になりたいのに、嘘つきになるんだ。

 浮気性の男に振り回されて、縋り付いて、必死になって、友達より優先させて。
 その友達もろともに裏切られた紗枝が、あんまり惨めに見えたから。
 突然の雷雨。東京では珍しくもなくなったゲリラ豪雨の来た夕暮れ。
 玄関先で、ドブネズミみたいにずぶ濡れで、紗枝は立っていた。あんまりにも惨めな姿で。
 なんであんな言葉を口走ったのか、自分でも解からない。

「なんで、遙香が居るの? ……てか、何してんの? ここで。」
 震える声は急激に下がった気温のせいだけじゃないと承知していた。
 言い逃れも出来ない状況で、祐介が浴びているシャワーの音に雷鳴が被さる。

 吐きそう。
 思い出したら、今だに胸が悪くなる。車輪が軋む。鉄の奏でる甲高い音はわたしを現実に引き戻してくれた。
「遙香、そろそろお弁当にしようか。どうかした?」
 母は荷物を網棚から降ろすのに四苦八苦して、そしてわたしに気付いた。
「う、うん。ちょっとお腹空きすぎて胃が気持ち悪い感じ。」
 きっとそう。だからあんな事を思い出すんだ。
 振り出しに戻ってしまうなら、今回の旅行は無駄になる。
 前を向かなくちゃ。前だけを。
「そうだ、メールの返信しなくちゃだわ。えーっと……、」
 なんて書けばいいだろう。サイコロの目を無視して、もう一度賽を投げる。
 ズルいんだ、囁く声は車内アナウンスに紛れて、聞こえないフリをした。

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