花は花に。鳥は鳥に。
「なんだ、何か言いたい事があるなら言っておいた方がいいぞ。」

 わたしの視線に気付いて、課長が言う。

 仕事口調なのは、毎度こういうやり取りを部下と交わしているからだろうか。

「はぁ。課長の方こそ何か用事かと思いまして。」

「別に何もないけどな。ここしか観るところはないだろう?」

 ごもっともです。


 この断崖絶壁以外に見るところは近隣にはありませんね。此処。

 時間が許すなら、遊覧船とか温泉とかもあるらしいんですけどね。

 駆け足で急かせる社員旅行なんて、こんなモンでしょう。

 ほんの、一部だけ観光。


「……なんでこんなに離れて会話してるんだ、俺達は。」

 不満げな表情で課長がいきなり話題を変えた。

 それは課長が怖がりでこっちへ来ないからじゃないですかー。やだー。

 わたしはこの断崖のヘリから下がるつもりはなかったから、二人の距離は縮まらなかった。


 自殺の名所だなんて不本意だろう冠詞を戴く割に、断崖絶壁には近寄り放題なのだ。

 せめて転落防止のスロープなり、と一瞬考えたものの、見える景色すべてが指定範囲の断崖だと気付いて考えを改めた。

 こう、ぐるりと360度に近い風景がぜんぶ断崖ってのも壮観だ。

 そろりと下を覗くと、さすがのわたしも足が竦んだ。


 日本海は、明らかに太平洋側の海とは海の色が違うのだ。

 男性的でいかつい色彩だとわたしは思う。荒々しい波が、遥か下の断崖を削り取っている。


「いい景色ですよー、課長。鳥のように飛べそうです。」

「そのまま天に召されてしまえ。」

 酷い、この人。

 まぁ、わたしが最低レベルでブルーなのを知らないのだから、悪気はないんだ。

 それにしても、なんだか話すごとに気安くなっていく人だなぁ。

 わたしはどうも知り合う人を調子に乗らせてしまう雰囲気を持っているらしいから、仕方ないかもしれない。


 友人たちも、わたしに対してはとにかく言いたい放題だった。

 特にイメージがガラリと変わってしまったのが、問題の遙香だった。

 大人しくて、おっとりした子だと思った、初対面の小学校時代。

 親しくなるにつれ、まるで正反対だった事に驚いた。

< 13 / 120 >

この作品をシェア

pagetop