花は花に。鳥は鳥に。
「しっかり歩いてよ、敬子ぉ。」

 時折、足元から崩れかける彼女を介抱しながら、わたしはエレベーターホールへと向かった。

 途中で見かねた仲居さんが手を貸してくれて、なんとか無事に部屋へと運び込んだ。

「どうもありがとうございました、」

「いえいえ、こんな時はすぐにお呼び出しくださいませね、その為におりますから。」

 にこやかに、釘を刺された。

 一歩間違えば事故にも繋がりかねない危険行為だったと、その言葉で気付かされた。

「すいません、ご迷惑お掛けしました。」

 思い切り腰を折ってお詫びしたら、恐縮されてしまった。

 根本の原因は布団の中でイビキを掻いている。呑気なものだわ。

「では、おやすみなさいませ。」

 やわらかく、仲居さんが言って退出して、わたしはようやく一息つけたのだった。


「ふーっ、」

 宴会の間に仲居さんが敷いておいてくれた二組のお布団。

 その片方の上に正座して、わたしはため息をついた。

 敬子は顔を真っ赤に、幸せそうな笑みを浮かべて眠っていた。

 どんな夢を見ているんだか。

 途中で抜けて外湯に入り直そうと約束していたけど、これでは無理だろう。

 一人で出かけるのも気が引けて、わたしは内湯を使うことで妥協した。

 貸し切り状態のホテルだから、宴たけなわの今、内湯に入っている人も居ないだろう。

 もともと女子社員自体もそんなに多く参加していないしね。


 内湯は一階フロントロビーを抜けて渡り廊下を行った先にあった。

 ちゃんとしたホテルだから、かなり立派なお風呂だった。

 黒大理石の湯船はモダンなデザインで、同じ黒大理石の壁に貼り付けられた獅子の口から湯が流れ落ちていた。

 でっかいライオンの顔が、黒い壁の真ん中にこう、ドーンと。

 白く曇った天井までのガラス窓は、実は露天に続くガラス戸だった。

 外の空気がひやりと肌を刺す。湯で火照った体には心地良かった。

 露天風呂は絵に描いたような岩風呂で、湯は紅茶の色で透き通っていた。

 見上げると、満天の星空が広がっていた。

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