花は花に。鳥は鳥に。
 露天風呂はこじんまりした大きさだ。

 家族風呂くらい。

 もちろん、一般家庭のお風呂に比べたら随分大きいけど。

 内湯はこの時間という事もあって、わたし以外には誰もいなかった。

「ここに、カレシと一緒に入りたいなぁ、」

 満天の星を眺めながら、独り言を呟いて目を閉じた。

 まぶたに浮かんだのは、坂崎課長だった。


 ため息が出た。

 恋人の浮気で苦しめられてきたというのに、どうして裏切りの心に抗えないのだろう。

 激しく攻め立てて、罵って、なのに自分も同じことをしようとしている。

 望んでいる。

 自分自身が忌まわしく思えた。

 反面で、祐介のせいだとも思った。

 祐介が浮気者だから、わたしは他の男に乗り換えたいと願ってしまうのだ。

 きっと。

 そう考えた途端に自分が惨めになって、泣きたくなった。


 一人寂しく夜中の風呂になど入っているから気が滅入るのだと思い直した。

 宴会でもロクに呑めなかった事だし、どこかで呑み直したいとも思った。

 そうだ、呑みに出よう。

 温泉郷の街角には定番で何軒ものお洒落なバーがあるはず。

 急かされるように浴衣を着て、部屋へ戻って改めて洋服に着替えた。

 さすがにバーへ浴衣で出かけるのはちょっと、と思えた。

 時計は九時になってない。まだまだ大丈夫。


 そっと、まどろんでいる敬子の掛け布団を直してあげて、お財布の中身を確認した。

 調子に乗って、フィッシャーマンズワーフで散財してしまったけど、まぁ大丈夫。

 せっかくの旅行だし、これくらいのストレス発散は許されていいはずだ。

「じゃ、行ってくるね、」

 こそっと囁いて、それから客間を後にした。

 敬子が、なんか寝言でむにゃむにゃと呟いた気がした。


 女だって、呑みたい夜があるんですよ。

 夜のネオンもレトロな街角では風情があって、ますます人恋しい気分にさせた。

 浴衣の襟を気にする女の子に、扇子片手のいなせなお兄さんたちが、まだまだ浴衣でそぞろ歩きしていた。

 浴衣で出れば良かったかな。

 場違いな人間になった気が少しでもしたら、途端に押し寄せてくる疎外感。

 異邦人のように不安で堪らなくなった。

 洋服の人が居ないわけではないのに、ここに居てはいけないような罪悪感を覚えた。


 レンガ造りの外観で、浴衣はちょっと不似合いそうなお店を選んで、中へ逃げ込んだ。

「いらっしゃいまし、」

 人慣れした女将は淡い桃色の着物を粋に着こなして微笑んでいた。

 ネクタイにスーツのサラリーマン風のおじさんが、カウンター席に二人陣取ってこっちを見た。

 地元の人っぽい。

 浴衣姿の観光客は居ないようで、なぜだかホッとした。

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