花は花に。鳥は鳥に。
 お互いに、気付けばずいぶんと酒が進んでしまっていた。

 いい雰囲気になってるな、と思った。

 店内には静かなジャズと、少ないお客の囁きのような話し声が、まるでさざ波のように満ちている。

 このまま、行くとこまで行ってもいいかな、なんて思っていた。

 祐介はどうせまた、どこかの見知らぬ誰かに寂しそうな目を向けているんだ。

 わたし一人が我慢したって、しなくたって同じなら。

 ヤケになってるのかも知れないし、酔ってるからかも知れない。


 ふっと、課長と視線が絡んだ。

「今頃、バカのカレシは浮気してると思います。」

 こんなチャンスを逃す奴じゃない。

 操を立ててるわたしはピエロじゃないの?

「うん。それで?」

 それで、と来るかよ。

「ええっと。困りました。

 まさかそういう切り返しが来るとは思いませんでして。」

 予想外の答えで、わたしは面食らってしまった。


 課長はおそらく、わたしより先に迷いを吹っ切ってしまったのだ。

 面白そうなモノを見る目で、わたしの事を観察していた。

 頬杖なんかついて。

 こっちがその気になったら、相手は醒めていた、なんて。

 だけど、なんだかホッとしている自分に気付く。

 ニヤニヤした笑いに見える課長の顔は、なんだか長年の同志のように心強かった。

 これが、腹を割って話すってヤツなのかな。


「課長はわたしに気があるんだとばかりに思ってましたので、気が抜けました。」

 こちらも負けじとニヤリで返してやった。

「……俺は、慎重な男なんだ。火遊びよりも、火傷の処置の面倒さを考える。」

「平気で七年も待たせる男ですもんね。」

 慎重さは、ひっくり返って身勝手になる。

 散々ヒトを焚き付けてその気にさせたヌリカベ妖怪は、勝手にとおせんぼの道を開けてくれていた。

 二人してニヤニヤしてる姿は、穏やかな笑みを浮かべるママにはどんな風に映ってるかな。

< 38 / 120 >

この作品をシェア

pagetop