花は花に。鳥は鳥に。
 結局、敬子のご機嫌を優先してわたしは本日何度目かでお風呂へ行くことにした。

 今度こそは浴衣で、温泉街へと繰り出すべく、二人連れ立ってホテルのロビーへ向かっていた。


「あら、紗江ちゃん?」

 通り過ぎかけた泊り客に、いきなり呼び止められた。

「あらー。紗江ちゃんじゃないのー! あたしよ、大阪のおばちゃん!」

 次にその客はホールに響く大声でそう呼ばわった。

 ぜんぜん気付かなかった。

 母方の親族で、大阪の肝っ玉かあさんな叔母が、わたしの前で豪快に笑っていた。


 やだ、おばちゃん。恥ずかしいんですけど、その浪速コレクション。

 浪速のマダムは洋服の中に猛獣を飼うのがトレンドで、おばちゃんも例に漏れずで虎使いだった。

 ワンピース? ラメ光りしたシャツの中央でプリントの虎が牙を剥く。

 敬子がさっきから、しつこくしつこくわたしの背中を肘で突つく。

 浴衣着ようよ、おばちゃん。とは言えず、引き攣り気味の笑顔で誤魔化した。


「久しぶりやねぇ、元気やった?」

「はぁ。お蔭さまで。」

「おかあちゃんは?

 なんやリューマチが出たとか、こないだ電話で言うてたけど大丈夫なんかいや?」

「はぁ。大丈夫そうです、いや、病院に通うはめになって、文句言ってましたけど。」

「せやろ? リューマチは一度出たら一生やって言うやんか、おばちゃんも心配しとったんよ!」


 延々と続くんだろうか、この会話。

 思わず敬子に助けを求めて視線を移したら、彼女もわたしに助けを求める視線を向けていた。

 かと思えば、困った事態はわりとあっさり終息に向かった。

 おばちゃんがいきなりポンと手を打ったのが合図だった。


「あっ! そうや、おばちゃんこんな事してられへんねん!

 いやね、娘と一緒に旅行に来てんけどな、ほら、知ってるやろ、娘の麻由美。

 懐かしいわー、あの子もきっとびっくりするで!

 いやいやいや、そうやないわ、うちの子と待ち合わせしてんねんやん、ここの内風呂はいろかーって!

 せやから、堪忍やで。長話してられへんねん。

これで失礼させてもらうわな、おかあちゃんにも宜しゅう言うといてな。」

 こくこくとこっちは何度頷いたか数えてないけど、とにかく長い台詞を言い終えて、おばちゃんはさっさと奥へ向かって行ってしまった。
 
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