花は花に。鳥は鳥に。
 昔のおじさんは、写真で見たことがある。

 カンカン帽を斜めに乗せて、ちょっと悪そうなカッコイイ男が、若い頃のおばちゃんと一緒に映っていた。

 二人で駆け落ちしたと聞いて、なんとなく胸をときめかせたものだった。

「おっちゃん、エエ男やろ?

 せやからな、他のオンナも放っておかへんのや。

 隙あらば盗ったろと思って狙っとったんやで。」

 まるでそこいらの野良猫を汚いもののように見て、彼女たちの事も貶すのかと、身構えた。

 遙香の顔がちらりとよぎって、顔が強張った。

 それでも、それでも遙香の事を悪く言われるのは――


「まぁ、気持ちは解からんでもないわな。」

 けれど、おばちゃんの次の言葉は予想してなかったものだった。


「人を好きになるのに、理由なんてあらへんもん。

 気ぃ付いたら、好きになっとるんやもん、しゃぁないで、これは。

 その人が妻子持ちやろうが、カノジョがおろうが、どうにもならんもんや。

 そやろ?」

 わたしはうんうんと頷いた。

 言葉で返そうとしたら、泣いてしまいそうで、黙って頷き続けた。

 麻由美がわたしの背中を優しくさすってくれるから、ますます泣けてきて大変だった。


 おばちゃんは本当に優しい、慈愛の女神みたいな優しい笑みを浮かべていた。

「なんの落ち度とか、そんなもんあらへんやん。

 人の心ってヤツや。取り合わせやとか、運命の悪戯とか。

 誰が悪いでもないし、強いて言うんやったら、間が悪い?

 心底、解かり合うたつもりでおっても、お互い、言うてない事実もあれば、勝手な思い込みかてあるがな。」

 すべてお見通しのような顔で、おばちゃんはそう言った。


 親友でも、お互いのすべてが手に取るように解かりあえるわけじゃない。

 何かを誤解して、何かを間違って、思い込んで、それですれ違ってしまった。

 わたしは鼻を啜りあげて、ポーチからハンカチを取り出した。

「覆水盆に返らずって、言うやろ?

 あんたがそれでエエんやったら、おばちゃんは何も言わんけどな、後悔はしなや?

 自分でとことん納得したんやったら、別れたらエエ。縁もそれきりや。」

 祐介のこと? 遙香のこと?

 どちらとも、それっきりになどしたくなくって、わたしは首を振って否定した。

「ほんなら、時が経つのに任せなしゃぁないわな。

 どんな間違いかて、時間が経ったら、許せるもんや。」

 ハンカチを鼻に宛てて、わたしはうんうん頷いていた。

 離すと鼻水が垂れそうだった。
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