花は花に。鳥は鳥に。
 京都府は、意外に広い。日本海に突き出る丹後半島までがその範囲だ。

 福井県の若狭湾に隣接する地域がある。

 そして、城崎はその先にあった。

 今回の旅行はツアーじゃない。

 個人旅行は時間の融通が少しは利くけれど、それでもホテルの予約は動かせないからチェックインの刻限は守らなければ。

 大慌てで列車を乗り継ぎ、タクシーを使ってようやく城崎へ到着したのが、とっぷりと日が暮れた午後六時過ぎだった。


「もう真っ暗ねぇ、遙香。」

「お母さんがゆっくりし過ぎなのよ。」

 呑気な母に、わたしは笑って答えた。

 タクシーの運転手さんに料金を支払い、トランクから荷物を降ろしてもらって玄関口へ。

 仲居さんがすぐにバックを持ってくれる。ロビーへと案内された。

 さすがに名の通った温泉郷は、従業員の仕事もこなれていると思った。


「いいお宿だねぇ、遙香。」

 母はおのぼりさんのようにきょろきょろとホテルの中を見回している。

 温泉旅行は冬の方がいいことには違いないけれど、あまり寒くなりすぎても辛い。

 特に京都の冬は底冷えがするからと、会社の人がアドバイスをしてくれて、それでこの季節にした。

 紅葉の季節は過ぎたけれど、山はまだ赤く色付いたままだ。

 大きなホテルでも良かったんだけど、こじんまりした宿の方が個人旅行には何かと都合が良かった。


 今夜はカニ鍋を予約しておいた。朝はバイキングになる。

 昼は外のお店で取って、午後からゆっくり家へ帰る。

 お母さん、喜んでくれればいいけど。


 久々の旅行に母ははしゃいでいた。

「お夕食は七時だって。あと一時間ほどあるけど、どうする? 遙香。」

「じゃあ、シャワーだけ浴びてこようかな。」

 いつも以上ににこやかな母に、わたしは答えた。

 考えてみれば、働きづめの母はここ何年もの間、旅行はおろか遊びに出ることさえ無かったんじゃないだろうか。


 苦労させてきたことを、わたしは突然で理解した。

 自分のことばかりで、母の事を忘れていた。

 わたしを産み、まだわたしが幼いうちに父が亡くなり、それからは母一人でわたしを育てたのだから、苦労したに決まっているのに。

「お母さん。この部屋ねぇ、家族風呂が付いてる部屋なのよ。」

「へぇ、そうなの。じゃあ、母さんも後で入ろうかしら。」

 母は少女のように浮かれて、飛び跳ねそうな勢いで部屋を歩いていた。

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