花は花に。鳥は鳥に。
 母の表情にも納得の色が浮かんだ。

「ほんとだ、美味しい。」

 もう一口食べて味の解析を試みるように唇を動かした。

「どうやって作ってあるんだろうねぇ、家でも作れないかしら。」

 わたしも味噌を舐めて、考えた。

 調べれば、味噌のレシピくらいは何百通りと出てくるんだろう。

 アタリに出会うまでが大変だけれど。

「売ってるんじゃない? 売店とか。」

 観光地では特産に混じって、こういう物が売られていることがある。

 わたしはそれを思い出して言った。


 ちょうど仲居さんがビールを持って戻ってきた時だった。

「あ、仲居さん、すいません。

 このお味噌、すごく美味しいんですけど、どこへ行けば手に入ります?」

 わたしは何の気もなしに、仲居さんに尋ねてみた。

「へぇ。おおきに。それは自家製やよって、売ってへんのと違いますやろか。

 ……ちょっと待っとってくださいね、聞いてきますわ。」

「あ、いえ、それなら別に、」

 わざわざそんな手間を掛けてもらうのも申し訳ないと、慌てて要望を引っ込めようとしたが、間に合わなかった。

 ささっ、と仲居さんはビールをお膳の脇へ置いて、引き揚げてしまった。

 彼女たちはものすごく動作が素早いのだという事を、わたしは失念していた。


「行っちゃった、」

 母を見ると、母も肩を竦めていた。

 ちょっとした思い付きで、悪い事をした。

 仕事に忙しいだろうに、余計な手間をかけて申し訳ない気持ちになって、身を縮めた。

 母が、そんなわたしを見て噴き出して笑った。失礼な。


 どうしたものかと思っていると、先ほどの仲居さんが戻ってきた。

 後ろに板前さんが控えていて、心ならずわたしと母はぎょっとした。

「お客さま、こちらが担当の者やそうです、」

 にこやかに仲居さんは背後の人物を紹介して、正座のままでその人の後ろへずり下がった。

「お褒め頂きましたそうで、おおきに。有難うございます。」

 可哀そうなくらいに恐縮して、年若い板前さんは頭を下げた。

 まるで畳に額をこすりつけそうな勢いだ。声も緊張しているのが解かった。

 お蔭でこちらも恐縮してしまった。

「いえ、そんな、こっちがお呼び立てしたんですから、そんな、」

「そうですよ、頭を上げてください。」

 わたしはテンパってしまったが、母の声は落ち着いていた。

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