花は花に。鳥は鳥に。
 仲居さんと板前さんが部屋を退出した後にも、わたしはしばらくドキドキしていた。

 こんな風にサプライズがあると、人間は反応に困ってしまうものらしい。

 手の中に残ったワンカップの瓶が、わたしに希望を与えてくれた。

 わたしはまだ、こんな風に優しくしてもらえる人間だったんだ。

 有難くて涙が出そうになった。


 母が、穏やかな笑みでわたしを見ていた。

「お母さん……、貰っちゃった、」

 なんとなく気恥ずかしくて、そう言った。

 母は頷いた。

「帰るまで、お部屋の冷蔵庫に保管させて貰いましょ。

 忘れないようにね、遙香。」

「解かった。ちゃんと覚えとかないとね。

 忘れて帰ったりしたら、すごく失礼だもんね。」

 そんな事があっては絶対にいけない、だからわたしは思いついてメモ帳を一枚破って、添え付けのペンでメモを取った。

『冷蔵庫 味噌』


「そんなので解かるの? 遙香。」

 母が笑う。

「バカにしてぇ。大丈夫よ、こうして鞄の上に貼っとくもの。」

 トラベルセットの中から絆創膏を出して、テープ代わりにメモを鞄に貼り付けた。

 なんだかファンシーだ。

「どれだけうっかりしてても、これなら一目瞭然でしょ?」

 得意げなわたしに、母は笑った。

 わたしはもう、わたしを過信しない。

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