花は花に。鳥は鳥に。
 最後の雑炊が締めとなって、母へ贈るささやかな宴は終了した。

 しんみりした気分に酔って、柄でもない事を思いついた。

「お母さん、今まで有難う。迷惑かけてきて、ごめんなさい。」

「なぁに? まるでお嫁に行くみたいね!」

 今までの感謝を述べたら、母に笑い飛ばされた。

「もー。せっかく人が感謝の気持ちを伝えようとしてんのにっ。」

 恥ずかしさが急激に涌いてきて、台無しだ。母はまだケラケラと笑っていた。


 ひとしきり笑い終えた母がいきなりお風呂へ誘ってきたのは、わたしが食後のお茶を注いでいた時だった。

「遙香。せっかく城崎へ来たんだから、外湯巡りをしなくっちゃ。」

「えー、外湯って七つくらいあるんでしょ? 全部回るの?」

「バカだね、この子は。そんなの一日で回りきるもんじゃないよ。

 一つか二つ、残りは次回のお楽しみに取っておくんだよ。」

 ぜんぶ回るものと勘違いしたわたしの表情を見て、母は手を振って否定した。

 わたしの入れたお茶をゆっくりと啜る。

「次は、遙香のお婿さんと一緒がいいね、孫もいたりしたら最高だね。」

 わたしを通り過ぎた未来を見つめて、母は呟くようにそう言った。

 いつまでも過去の破れた恋を引きずるわたしに、前を向けと言っているみたいだった。


 紗枝の言葉がふいに蘇えった。

「わたし、祐介よりもっとイイ男が居たら、遠慮なくそっちへ乗り換えるからね。文句ないよね。」

 何度目かの浮気の後で、紗枝はそう宣言したと言った。

「それ、マジで言ったの?」

「言ってやった。」

 鼻息も荒く、というヤツだ。

 その日の紗枝はいつにもまして雄弁で、悪く言えば荒れていた。


 紗枝の通う大学のキャンパス。

 オープンカフェとかいう場所らしい。

 煉瓦敷きの広々としたテラスにはお洒落なテーブルが並び、学生たちがちらほらと教科書やレポートを広げていた。

 緑の多いグラウンドに、重厚な煉瓦造りの赤い建築群。

 紗枝の大学って、名門だけあって広い。

 歴史を感じる門構えを通り抜けるのに、少しばかり勇気が必要だった。

 ぐるりと煉瓦の建築に囲まれた緑の空間に、お洒落なテイクアウトのスペース。

 紗枝はカプチーノを、わたしはアイスモカを、洒落っけのない紙カップで飲んでいた。

 他の学生たちに聞かれないよう、隅っこの方の空いてる角地のテーブルだ。

 わたしは通学生のような顔をして、知らん顔で紗枝の隣に座っていた。

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