花は花に。鳥は鳥に。
 わたしがナンパ師の彼と別れてから、紗枝はカレシとわたしを遠ざけるようになった。

 警戒しなくても、別にタイプじゃないから大丈夫、とはわたしも言えなくて知らん顔を決め込んだ。

 会うことはなかったけれど、紗枝は事あるごとに話だけは聞かせる。

「ねぇ、聞いてよ! 酷いのよ!」

 という具合に。


 祐介の浮気性ってのは、あれはもう病気のレベルだとわたしは思っていた。

 だから、治療してみせようと言わんばかりの紗枝の決意には半ば呆れていた。

 そんなに気に食わないなら別れればいいのに。

 言わないけど、そう思っていた。


 完全な浮気が二回、未遂となると数知れず。

 女によってはアイキャッチだけでも浮気と見なす、その場合だと文字通り数えきれない。

 バレたケースも、おそらく氷山の一角だ。

 なんといってもモデル顔負けに目立つ存在の祐介は、黙って立っているだけでモテた。

 女としては、声を掛けずにはいられない雰囲気を纏った男なのだ。

 どこか寂しげで、所在なさげに立っている姿を見ると、必要なくても声を掛けたくなる。

 通い慣れた目的地までの道を聞くフリをしたりして。


 紗枝は思い切り頬を膨らませて、それからポッと息を吹いた。

 スティックで紙コップの底をぐりぐり掻きまわした。

「祐介ってどうかしてる。

 下心もなしに、道を聞いてきた女の子とカフェでお茶なんて飲む?」

「うん、まぁ、そういう男も居るんじゃないの?」

 探せば。

「居るわけないじゃん! あわよくばって思ってたに決まってるじゃん!」

 それはそうだと思う。

 わたしはアイスモカの氷を一つだけ口に入れたくて、唇で紙コップの縁と格闘していた。

 ガリゴリ砕くのが好きなのだ。


「なに考えてるのか、さっぱり解かんない。」

 泣きそうな声で紗枝が呟くと、わたしの胸も締め付けられるように痛んだ。

 紗枝の嘆きは独り言のようだ。

「なんで浮気するんだろ。なんで、他の女の子と触れ合いたいの?

 わたしだけじゃ駄目なの?」

「紗枝……。」

 こういう時、わたしは何と言って慰めたらいいのか解からない。

 正しい慰め方が解かる女なんて、きっと居るわけないと思う。


「わたしのこと、何だと思ってんの。

 都合のいい家政婦かなんかだと勘違いしてない? そう言ってやった。」

 鼻を啜りあげて、紗枝は強気な口調に戻してそう言った。

「それとも、ナメてんの?

 わたしが、何度浮気されても許してくれるとか、そう思ってんの?」

 男の方で逆切れして別れに繋がるパターンが見えた。

 言っちゃったってことは、それだけ紗枝も我慢の限度を超えたってことだ。

 別れてもいいと、本気で思っていたってことだ。


 男にとってはどうだろう?

 サヨナラを言われることほど傷付くことはないと思うけれど。

 自分から別れを切り出すほうが、まだ傷は浅く済む。

 だけど、別れを宣告される方は。

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