花は花に。鳥は鳥に。
 キャンパスのどこかで、テニスをしているのだろう。

 掛け声が遠く響いていた。

 さざ波のような微かな人の声は、何を言っているかまでは解からない。

 金属音や鈍い音響が混じって、不協和音は遠くの場所では邪魔にならないと知った。

 運動系のクラブも沢山あるのだろう。


「わたしの事を、思い出さないわけない。」

 上の空だったわたしは、紗枝の言葉に呼び戻された。

「女の子に接近してって、いい感じになって、……その時に、わたしを思い出さないわけない。」

 思いつめた瞳が、カプチーノを見つめていた。

 自問のように紗枝が言う。

 言葉の刃で自身を切り刻む。


「じゃあなんで、誘ったの? 解かってたよね?

 忘れてたわけないよね? 裏切りだって、思ったよね?」

「それは……、」

 わたしは言葉を選ぼうとして、適切なものを探し出せずに沈黙した。

 紗枝が、トドメを刺してほしいと願っているわけではない事を知っていた。

 なんと言えば心地良い響きになるのか、解からなかったから黙った。

 二人の心の奥深いところに、紗枝に対する甘えがある。

 甘えといえば聞こえがいい。

 本当は、そんなイイモノじゃないって、紗枝ももう気付いているだろう。


 ナメてたから。

 カノジョを裏切ると解かっていたくせに、他の女に手を出す理由なんてそれしかないじゃない。

 カノジョが居る男の誘いを受ける理由なんて、それしかない。

 浮気者の男も、それに乗っかる女も、ナメた薄笑いを浮かべている。
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