花は花に。鳥は鳥に。
 母と共にそぞろ歩く冬の街路。

 城崎は真冬ともなれば雪に閉ざされてしまうんだろうか。

 福井は雪が深いと聞いた。

 それとも、やっぱり京都や大阪のように雪は珍しいのだろうか。

 冷えた空気に、吐く息が白く染まる。

 浴衣だけでは寒い。

 綿入れも借りて、少し足を延ばして御所の湯へ向かった。

 すぐ近くに地蔵湯があるのに、母の希望は御所の湯の一点張りだった。


「遙香、城崎温泉ってミシュランで二つ星もらったんだってさ。」

「へー。そうなんだ。」

 ミシュランって、料理店のガイドだけではなかったらしい。

 有名な美味しい店があるのかと思っていたら、旅行ガイドのランキングだった。

 城崎全体が星二つを貰ったのだそうだ。

「なんたって遙香には御所の湯に入ってもらわなくっちゃね。」

「どこも同じじゃないの?」

「いえいえ。良縁成就だそうよ、さっき仲居さんに聞いてきたの。」

 やたらと母が張り切っていて何かと思ったら、そういう理由だった。

 しばらく恋はいいや、と思っているのだけど。


 白い息を吐きながら、人もまばらな川沿いの道を往く。

「あら、雪。」

 母が手の平で受け止めた小さなカケラは、温もりの中ですぐに消えてしまった。

 見上げれば、黒い空の彼方から白くチラチラと雪が舞い落ちていた。

「明日は積もってるかも知れないね、」

 母は小さく身をすくめて、ふるりと肩を震わせた。

「おや、」

 そうかと思えば急に立ち止まった。

「なに? お母さん。」

「前から来るのって、あの時の板前さんじゃない?」

 言われて、指さす方を見ると確かに食事の時に来てくれた板さんだった。

 仕事着の上に青いジャンバーを羽織って、縄で縛った一升瓶を二本、ぶら下げて道を急いでいた。

「あっ、」

 そして、わたし達に気付いた。


「こんばんわ、」

 わたしの方から声を掛けた。

 仕事中に油を売っていたら、怒られてしまうだろうか。

「どうも。」ぺこりと会釈して、「これからお風呂ですか、」イケメン板さんが言った。

 はにかんだ表情で、やっぱりイケメンはどんな顔をしても様になるものだ。

「ああ。こんなとこで立ち話なんぞしとったら、風邪引いてしまいますね。

 えろぅ、すんません。」

 わたし達が震えているのを見て、板さんは気を利かせてくれた。

 頭の後ろを掻いて、そそくさと横を通り過ぎた。

「ほんなら、また。ごゆっくり。」

 深く頭を下げると、後はまた急ぎ足で戻っていった。

 なんだか名残惜しくて、わたしはしばらく見つめていたいと思った。

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