花は花に。鳥は鳥に。
「どうして? 祐介。」

 彼は振り返って、確かに困惑の表情を浮かべていた。

 玄関のドアノブを握ったままの手が、回すべきかどうかで迷っていた。

 アポなしで突然やってきたわたしを、どうして祐介がすんなりと部屋へ通そうとするのか、わたしには解からなかった。

 あらぬ疑いを掛けられるくらいは、解かりそうなものだろうに。

 睨みつけるような目だったに違いない。

 祐介は、困惑のまま、合わさっていた視線を外した。

「何かあったんだろ? とりあえず、入れよ。」

 他の住民に見られるのを避けただけかも知れないし、

 わたしがよほど酷い顔をしていたのかも知れないけれど、

 祐介は特に理由を聞くでもなく、玄関のドアを開いた。


 わたしは何処かで解かっていた。祐介はわたしを友達として見てる。

 紗枝を挟んだ友人、その垣根を壊したいと思っていたのはわたしの方だ。

 どうかしていたんだとしか、言いようがない。

 紗枝と同じになりたかったのかも知れない。


 玄関を入るとすぐ、ワンルームの整頓された室内が目に飛び込んだ。

 まるでドラマのセットみたいに、お洒落な部屋だった。

 それはわたしの衝動を後押しした。

 まるでドラマのワンシーンみたいに、わたしは靴を脱いで室内へ上がる祐介の背中に抱きついていた。

「北城?」

「遙香よ。」

 知っているくせに、祐介は絶対にわたしの名前を呼ばない。

 その場の全員が名前で呼び合っていても、彼一人だけは名字でよそよそしく付き合っていた。紗枝以外は分けていた。


 振り払うでもなく、彼はやんわりとわたしの腕を抜けて、正面から向き合った。

「何があった? 俺でよければ、話くらいは聞いてやれるけど。」

 まだだ。

 まだ、彼の中の垣根は壊れていなかった。

 とても彼が遠くに感じられて、それは絶望にも似た感覚だった。


「人を好きになるって、自分じゃ止められないのね。」

 これで察して欲しいなんていうのは、きっと虫が良すぎる。

 あれほど激しく非難しておいて、ほんの僅かな時間で手の平返しをしようとしている。

 ううん。あの時のわたしの考えは、間違っていた。

 自分の都合の為に道理を捻じ曲げる。

 この想いの正体も確かめないままで、わたしは身を委ねようとしていた。


 紗枝の顔はずっと思考の片隅に貼り付いている。

 泣きそうな、ひどいショックを受けた顔だ。

 だけど、何も感じない。


 理屈では解かってる。これは裏切りだ。

 だけど、感情はそんな事を理解しようとは思っていない。

 目の前にあることだけが真実。

 この男が欲しいと思っていた。

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