花は花に。鳥は鳥に。
 紗枝にだって、治せない癖はあるのだ。

 外出先で、必ずお茶を飲まねば気が済まない。

 そこいらの自販機で百円の缶コーヒーを飲むのでは収まらないのだと本人が忌々しげに言っていた。

 何が違うというのだろう。

 頭の中でルールと化しているある種の事柄という点では、祐介の浮気も紗枝のお茶も同じだ。


 外出したらお茶を飲まねば気がすまない。

 浮気を誘われたら受けねば収まらない。


 ただの条件反射だ。


 紗枝を間に挟んだ情報提供。

 それは、共犯めいた関係だった。

 祐介は紗枝の本当のところの心を知りたがっていたし、わたしも紗枝の本心を知りたかった。

 理不尽に感じても仕方ないじゃない、わけも解からないうちに遠ざけられてしまったのだから。


 わたしの何がいけなかったの?

 何か、あなたの気に障ることでもしたの?

 ずっと、遠くなってしまった原因を考え続けてきたのよ。

 親友だと思ってたのに。


 先に裏切ったのはあの子のほうだ。いつの間にか動機は変化した。

 逆恨みな思考が止まらなくなっていた。

 紗枝に申し訳ないと思う気持ちと、祐介の優しさに甘えておきたい我が儘な想いと。

 バレないようにと祈りながら、どこかで暴露してしまうことも祈ってた。

 紗枝にバレたら……。紗枝は、ちゃんとわたしと向き合ってくれるだろうか。

 積もり積もった紗枝へのコンプレックスは、捌け口を求めていた。


 一夜を共にしてから、さらに二人の共犯関係は強まった。

 わたしはそれを、勝手に『絆』だと勘違いしていた。

 紗枝によって壊された絆を、紗枝から奪った男で紡ぎ直そうとしていた。


 紗枝。

 紗枝。

 紗枝。


 いつだって、わたしと祐介の間に介在する。

 どこまでも、二人は彼女に縛られる。

 わたしが本当に欲しかったのは……


 涙が出てきた。

 どうして、世間と隔絶したこんな谷あいの観光地に来て、こんな事を思っているのだろう。

 都会の喧騒がなくなると、人間、頭が冷えてくるのかも知れない。

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