花は花に。鳥は鳥に。
 ホテルを出て、川沿いの道を歩く。

 橋の欄干にまで雪がうっすらと積もっていた。

 向こう岸の通りを、例のイケメンな板さんが歩いてくるのが見えた。

 なにか思案顔で、それもまた絵になった。なんだか縁があるなと、少し気分が良かった。

 このまま進めば橋の袂ですれ違うけれど、それまで気付かないだろうか。

 あと百メートル、五十メートル、十メートル……、


「あっ、」

「こんばんわ、お仕事帰りですか?」

 橋の袂でばったりと行き会って、板さんは大層驚いていた。

 考え事をしていた様子だったし、目の前に来るまで解からなかったんだろう。

 またいつかのように、はにかんだ笑みを浮かべて頭を掻いた。

「ええ。仕事は、もう終わりました、はい。

 お客さん、お一人でお出かけですか?」

「母も誘ったんですけど、寒いから嫌だって。フラれました。」

 互いに行き先は聞かず告げずで会話が進んだ。こんな観光地で外出と言えば、呑みしかない。

 わたしは思いついて、板さんに問いかけた。

「そうだ。この辺でどこか、いいお店ありませんか?

 ちょっと呑みたいなと思って出てきたんですけど。」

 都会と違い、まだまだ辺鄙な土地では女が一人で呑みに行くことは浸透していないのだろう。

 板さんは一瞬怪訝そうな顔をして、意味を測りかねる様子を見せた。

 けれど、すぐに気付いて表情を明るくした。

「ああ。それやったら、この先に雰囲気のええカウンターバーがありますよって、良かったら案内しますよ。」

「いえ、場所さえ聞けば……、じゃあ、御一緒に。」

 一緒に行く、というオーラが強く出ていたような気がしたから、控えめに誘ってみた。

 彼は嬉しそうに大きく頷いた。

 なんだか、大きな子犬のような感じがした。


 板さんは元来た道をUターンで引き返す形に、わたしはその隣で肩を並べた。

「本当に良かったんですか、何か考え事してるように見えたんですけど?」

「いや、大した事やあらへんのです、ちょっと昔の知り合いのことで……、」

 言葉を濁して彼は先を誤魔化した。

 こういう場合、元カノだったりするのがドラマの定番だと思ったりして。

 少しの沈黙が流れた。

 ふいに立ち止まったので、わたしも釣られて立ち止まる。

 板さんは、改まったように真正面でわたしに向き合った。

「あの、ぶしつけにこんな事、頼めた義理やないんですけど。

 ちょっと頼まれて貰えませんやろか?」

 なにやら思いつめたような眼差しが、逃げられない予感を孕んでいた。

 何気なしに聞いていた話が、変な方向へ転がり出した。

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