花は花に。鳥は鳥に。
「そういえば、自己紹介もまだでしたわ。僕、平井ていいます、平井誠斗。」

 ボク、と言い慣れていない感じで自分のことを示して言った。普段は違う言い回しを使うんだろう。

「北城遙香です。……で、なんの相談です? 頼まれてほしいって……?」

 面白そうな空気が半分、面倒に巻き込まれたくない気持ちが半分で、わたしは慎重に彼の出方を窺った。

「ちょっとだけ口裏を合わせて頷いとってくれはったらええんです、ご迷惑はお掛けしまへんよって。

人と会う約束してるんですけど、独りじゃちょっと拙い相手って言うたらええのんか……、すんまへん。」

 平井君は何度も頭を下げつつ、その場で携帯を取り出して何処かへメールを打ち始めた。

 今どき珍しいガラケーだ。

 なんて。わたしも未だにガラケーは手放せずにいるけれど。

 正確には母が、スマートフォンを使いこなせない。

 だからわたしもそのまま使っている。

 長年ガラケーのままだから、料金の面でも踏ん切りが付かなかった。

 板さん、もとい平井君は照れ隠しのような笑みを見せた。

「びっくりしました? 古い人間やから……。

 けど、こういう時には時間を空けられるコイツで良かったて思うんですけど。」

 慣れた指先が素早くキーを押さえていく。

 人の指先を眺めているのも、なんだか楽しかった。

 今流行りのラインなど、スマフォの繋がりは待ったなしだ。

 比べてガラケーはメールのやり取りで少しでも間を開けられる。

 彼はきっと途切れたメールの言い訳をついでに打ち込んでいるのだろう。

 わたしもガラケーの方が好きだ。

 四六時中大勢と繋がりっぱなしの関係というものは、疲れる。

 ましてや、気まずい相手と繋がりっぱなしというのは……。


「もしかして、女の子?」

 ちょっとしたカマを掛けてみた。

 思い切り怯んだ様子を見せてくれた。

「あ、いや、その、ちゃいます。友達っていうんか、えと、」

 指先はそれでも休まずキーを叩き続ける。

 送信。

 平井君は耳まで赤くして、ふたたびわたしに向き合った。

「頼んどいて誤魔化すんも申し訳ないし、白状しときます。

 元カノやった子です、この先のバーで待ち合わせしときました。

 付き合ぅてください、独りやと拙いんです。」

 まっすぐな目だ。

 きっと、その彼女は復縁を迫ってきたのだろう。

 けれど、彼はそれを受ける気がないんだ。

 はっきりNOとは言えない事情もありそうだった。

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