花は花に。鳥は鳥に。
「話せる範囲でいいから、良ければ事情を聞かせてもらえるかな?

 でないと、演じるにしても何をしたらいいのか解かんないし。」

 素直に話してくれるとは思わないまでも、多少の事は知っておきたかった。

 話がこじれて、取っ組み合いの殴り合いなど演じたくはない。

「ご迷惑は掛けまへん。

 結衣、相手の子もそんな激しい気性やないんで安心しといてください。

 もし、なんかあったとしても絶対に手出しはさせまへんから。」

 相手の女の子は結衣という名前なのだ。

 転がり出た名前を、わたしは聞き逃さなかった。

「うん、」

 それ以上を根掘り葉掘りと聞くのは止めて、わたしは俯いて道に降った雪を眺めた。

 半溶けになったシャーベットのようだ。天候はみぞれになっていた。

 明日には完全に溶けてしまっているだろうと思った。


「すんまへん、」

 平井君がぽつりと詫びた。

 事情も話せないことを詫びたんだと思った。

「ううん、こっちこそごめんね。関係ないのに、差し出がましい事言って。」

「いえ、そんなん。……すんまへん、」

 また詫びた。

 この人はきっとイイ人なんだ。

 他人に気安く話すような事じゃないって解かっているし、わたしが聞く義理じゃない事も解かっている。

 だけど、理由を話せないことを申し訳なく思っている。

 無言でしばらく歩いていた。

 チラチラと落ちてくる雪は、多くなるでも少なくなるでもなかった。


「この店です、」

 立ち止まったのは、居酒屋とは見えない店の前だった。

「すぐ出ますよって、後でお勧めの店に案内しますね。」

 無理に明るくみせようとしていた。


 モダンで明るい店構えは、この古い温泉郷からは少し浮いてみえた。

 若者向けをなにか誤解したようなデザインだった。

 雰囲気を無理やり破る必要もないだろうに、時代に対する焦りのようなものを感じてしまうんだろうか。

 大都市は様変わりが激しくて、近代化は目まぐるしいほどだから、身倣いたくなるんだろうか。

 後先考えない若者の文化を、形だけでも模倣しようとしているように見えた。

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