花は花に。鳥は鳥に。
 平井君お勧めの店は、こちらも地元の人ご用達のようだった。

 狭い路地の奥にあって、一見では見つけられないに違いなかった。

 小さな赤提灯が下がっているだけで、まるでその辺の普通の玄関のような顔をしている。

「焼き鳥が絶品なんです、」

 嬉しそうに平井君が壁のメニューを指差した。

「それから、ソースカツも。」

 喋っている間にも、次々と頼んだ品がカウンターを経由して、目の前へ並べられた。

 カウンターの上棚にお惣菜の大鉢が乗っていて、中で作られた料理はそこへ一旦置かれてから、女将さんの手でテーブル席のわたし達の元へと届けられた。


「ここの旦那さんが福井の人やそうで、ソースカツは本場の味やよって、すごい美味いんです。

 敦賀っていう街の名物なんやけど、知ってます?」

「ううん、知らないけどなんか美味しそうね。」

 話しながら、壁のメニューをわたしも眺めた。

 地元の人を相手の商売だと解かる店内は、雑然として観光客にはウケなさそうだった。

 古い型のテレビがまだ頑張っている。

 持ち帰りも出来るようだ。美味しかったら母に買って帰ってあげようと思った。


 冷えたビールがようやく来た。

 おつまみは二種が先に到着していた。

 枝豆、小鉢、そしてお勧めだと言う焼き鳥の串が遅れて届く。

 カウンターの中には気難しそうな店主と、その隣で女将さんがにこやかに笑っていた。

 他に客の姿はなく、小雪がちらつく今日のような日は誰も出歩かないのかも知れないと思わせた。

 打ち明けにくい話をするには、こんな静かすぎる店の隅っこと、賑やかな店で多客に混じるのとでは、どちらがまだ話しやすいんだろうか。

 他愛ない話でこのまま時間を潰しておしまいにしても良いと思えていた。


 ふと会話が途切れた。

 ちょっと迷うような素振りで、平井君はテーブルに視線を落とした。

 話しにくいことなら無理に言わなくていいよ、と助け船を出そうとした、その瞬間に彼は語り出した。

「笑わんとってください、元カノが今のカレシに不満や言うて、相談してきたんですわ。」

 平井君のセリフは、やっぱり、予測の範囲内だった。

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