短編集
 俺が中学の時に行った時よりも、祭りは集客力を上げていたらしい。あの頃は5分前に行ったって余裕だったのに、15分前の今、人は何列にも並んでいた。

「うわー、これじゃ見えないー!」
 ぴょこぴょこと跳ねている永栄は、女子の中でもちびだ。それなりに背丈のある俺でさえ、首を伸ばさないと厳しいのだから、全く見えないだろう。

「これはまあ、どうしようもないな」
「ええー!」
 泣きそうに顔を歪める永栄に、苦笑する。花火が見えないのは嫌だと駄々を捏ねる様子はまるで小さな子供だけど、不思議とうざったくはなかった。

「しょうがないな、一か八かに賭けてみる?」
「へ?」
 不思議そうに見上げてくる永栄の手を取り、人混みの間を縫って進む。花火から離れるような移動だが、永栄は文句1つ言わなかった。


 人混みをすり抜け、森の中へと入っていく。曲がりくねった道を通り、辿り着いた場所を見て、俺はちょっぴり得意な気分になって頷いた。
「よし、ここはまだ未開拓だったか」
「え、ここって……」
 永栄が驚いた様に瞬くのも無理は無い。この開けた場所から花火会場まで視界を遮る物が一切無い上に、不思議と花火会場から近いのだから。

「小学生の頃、ダチと探検してて見つけた場所。花火もばっちり見えるし、音も遅れない。誰にも見つかってなかったみたいだな」
 言葉通り、ここには見渡す限り、人っ子1人いない。あの頃のダチは知ってるが、他の奴はまだ見つけてないって所か。見つけてたら、絶対ここに陣取ってるだろう。

 俺の説明をぽかんとした顔で聞いていた永栄が、急にクスクスと笑い出す。
「いきなり何だよ?」
「男の子って、秘密基地とか好きですよねー。小鳥遊先輩、今、すっごく楽しそうな顔してますよ? それこそ、小学校の男の子みたいです」
「……うっさいな」

 久々に秘密基地のような所に来て、子供心を思い出し、少々浮かれていた。それを指摘されて気恥ずかしくなった俺は、永栄の髪をぐしゃぐしゃにしてやった。
「わっ、何するんですか!」
「折角連れてきてやったんだぞ、素直に感謝しろよな。それにほら、始まるぞ」

 俺の言葉に重なるように、最初の一発が打ち上がる。赤、青、橙。順に開く打ち上げ花火が、腹に響くような音と共に夜空に開いた。

「わあーっ、本当だ、音もあんまり遅れませんね!」
 乱れた髪を直す事も忘れて、永栄は花火に見惚れている。嬉しそうに綻ばせたその横顔は妙に可愛くて、不意にどきっとした。

「な、不思議だろ」
「はい」
 それ以上何も言わない永栄は、花火に夢中になっているようだ。目をキラキラさせて花火を満喫している彼女にそれ以上話しかけず、俺も花火に視線を向ける。


 しばらく、場は花火の音と、虫の音だけが響き渡った。人気の無いこの場所は、下手に他人の話し声も聞こえないから、花火だけに集中出来る。だからだろう、互いに一言も言わず、夜空を照らす色とりどりの華と響き渡る音を、五感全てで楽しんだ。


 やがて、花火はクライマックスに向け、いっそう夜空を派手に彩っていく。1つ1つの花火も大きく豪華で、時折花火会場から歓声が上がっているのが聞こえた。


 そして始まった、スターマイン。夏祭りの終わりを飾るそれは、華々しくも力強く、色とりどりの光を夜空に刻んでいく。
< 7 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop