社内恋愛のススメ
しかも、会社の玄関とも言える、ロビーなのだ。
誰が見てるかも分からない場所で、迂闊なことは口に出せない。
それなのに。
(どうして、こんな場所で………実和って呼ぶの?)
まるで、付き合っていた頃と同じ様に。
幸せだったあの頃と同じ様に、私のことをそう呼ぶの?
困るのは、上条さんの方。
もしも誰かに見られて、告げ口されて困るのは、上条さんだ。
上条さんは分かっているのだろうか。
自分の立場を。
置かれている状況を。
カツン。
上条さんが、1歩ずつ近付いて。
カツン、カツン。
手を振りほどこうと焦りながら、私は後ろへと引いていく。
逃げてしまっているのは、無意識なのかもしれない。
このままでは、ダメだ。
そう、どこかで分かっていたからかもしれない。
ドクン。
ときめきと呼ぶにはほど遠い、その音。
緊張で、心臓がざわめき出す。
昔は違っていた。
1ヶ月前までは、違っていたんだ。
上条さんが傍に来てくれるだけで、嬉しかった。
幸せだった。
笑顔になれた。
大好きな人だから。
大好きだった人だから。
でも、今は違う。