社内恋愛のススメ
入社以来、ずっと憧れていた人。
想いが届いてすぐに、私を裏切った人。
まだ過去に出来るほど、時間は経っていない。
上条さんの低い声を聞いた瞬間、背中をスーッと冷たい汗が流れ落ちた。
「えっと、主任………何ですか?」
「………。」
呼び止めたのは上条さんの方なのに、返事はない。
私達のやり取りを気にする人間は、この企画部には皆無だ。
今の私と上条さんは、上司と部下。
それ以外の何物でもない。
ありふれたやり取り。
枠を越えないやり取りを怪しむ人なんて、ここにはいない。
そもそも、私と上条さんの関係を知っている人は、この企画部にどれだけいるのだろう。
私が知っている限りでは、私と上条さんの関係に勘付いているのは、長友くんだけ。
「プロジェクトのことで、女性である君に聞いてみたいことがあるんだが。」
「………私に、ですか?」
「ああ、君に。会議室で。」
上条さんが眼鏡を外し、私を見る。
上条さんが立っているのは、会議室の前。
企画部のフロアに隣接して作られた、小さな会議室。
この部屋は、企画部専用の会議室だ。
一同が集まる大きな会議には使われないけれど、ちょっとした話し合いなんかには、よくこの小さな部屋が選ばれている。
「………。」
夕暮れの会議室。
会議室はどうやら、他の人間が使っている様子はない。
まぁ、この時間に会議室を使う人なんて、滅多にいないとは思うけれど。
こんな時間に他の会議の予定なんて、あるはずないか………。