社内恋愛のススメ



「もっと近くに座りなさい………。そんなに離れていては、お互いの声もロクに届かない。」


夕焼けに照らされた上条さんの顔が、歪む。

悲しげに、切なげに瞳が揺れる。


上条さんの掠れた声が、耳に響いて残った。



近付きたくない。

傍に行きたくない。


憧れていたあの頃には、思いもしなかったこと。



あの頃は、傍に行けるだけで嬉しかったのに。

声をかけてもらえるだけで、バカみたいに舞い上がっていたのに。


今では、そんなこともない。



知っているから。


上条さんの傍にいるべき人は、自分ではないということを。

私の居場所は、そこではないということを。



「いえ、ここで結構です………。」


そう答えた私に、上条さんが反応する。


ピクンと眉を上げ、ほんの一瞬だけ、睨み付ける様に私を見つめる。



「………!」

「いいから、こっちに。」


上条さんの口調が荒くなる。

有無を言わせない、強い口調。


上条さんは、私に始めから選択肢を与えていないのだ。



上条さんの近くに行くこと。

彼の隣に座ること。


それは、上条さんにとっては決定事項。



「………はい。」


私は肩を落とし、納得出来ないままでそれに従うしかなかった。



椅子1つ分だけ離れた、私と上条さんの席。


お互いの顔が見える。

上条さんの顔がよく見える。



思っていたよりも、ずっと近い距離。


その距離に、あの頃を思い出してしまう。



(上条さんとこんなに近くに座るの、………すごく久しぶりだ。)



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