社内恋愛のススメ



「実和、君に分かるかい?僕がどんな気持ちで、君と長友くんを見ていたのか………。」


自嘲気味に、上条さんがそう言う。



その声は、いつもよりも低く、沈んでいて。


まるで、海の底みたい。

底の知れない、静けさの中にある声音。


深く深く沈んで、這い上がれないほどに。



上条さんが嫉妬している。

私と長友くんを見て、あの上条さんが妬んでいる。



(あの上条さんが………?)


信じられない。

そんな簡単には、信じられない。


だって、私の知る上条さんは、そんなことをする人ではないから。



いつだって冷静で、クールで。

滅多に笑ってくれなくて、氷みたいに表情が固い人。


それが、私の中の上条さん。

彼のイメージ。



何を思っているのか。

何を考えているのか、分からない人だった。


だからこそ、何を考えているのかを知りたくて。

上条さんの気持ちを知りたくて。


私はいつも、上条さんの姿を目で追っていた。



氷で出来た様な、固い仮面。


冷たい仮面の奥には、こんなにも熱い心を隠していたの?

燃える様な熱情が潜んでいたの?




(きっと、ちょっと前なら喜んでた。)


飛び上がって、喜んでいたはず。

嬉しかったはず。


他人事みたいに、そう思う。


天にも昇りそうな気持ちで、浮かれていたに違いない。



あの日までの私なら。

文香さんの存在を、婚約者の存在を知る前の私だったなら。


でも、今は違う。


今の私は、あの頃の私とは違うのだ。



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