社内恋愛のススメ
私は、文香さんを知っている。
上条さんに、未来を誓うつもりでいる人がいること。
上条さんの未来を支えてくれる人がいることを、私は知っているのだ。
美しい人。
大切に大切に育てられて、愛に満たされた生活を送ってきたであろう人。
婚約者の存在を、文香さんの存在を知っているから。
彼女の存在を知っているし、認めてもいる。
上条さんの隣にいるべき人。
上条さんの横に並んでも、見劣りしない人。
上条さんと一緒に、明るい未来を進んでいくべき人。
上条さんは、私と一緒にいてはいけないんだ。
私の隣にいていい人ではない。
もっともっと、前を見て。
現実を見て。
「こ、来ないで………。それ以上、近付かないで下さい!」
私はそう言うのが、やっと。
威勢のいい言葉とは裏腹に、体が言うことを聞いてくれない。
思い通りに動いてくれない。
金縛りにあったみたいに、ガチガチに固まってしまう私の体。
逃げなければ。
早く、早く逃げなければ。
離れなければならないのは分かっているのに、それが出来ない自分。
鼓動が速くなるのは、ドキドキしてるからじゃない。
緊張しているせい。
何が起こるのか。
一寸先のことが、予想出来ない。
これから、上条さんが何をしようとしているのか。
上条さんが、何をしたいのか。
分からない、だから怖かった。
滲む汗は、ひんやりと冷たい。